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吸血鬼に愛された世界に、祝福の花が咲き誇りますように  作者: 海坂依里
第3章「花嵐~触れて、遠ざかる~」
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第3話「二人」

(お水……)


 院瀬見(いせみ)と呼ばれていた華族が暮らしていた屋敷の中は静まり返っていて、一人で屋敷の中を歩くことにも恐怖を抱いてしまうほど。

 でも、屋敷の中には吸血鬼狩りの菖蒲(あやめ)さんがいるはず。

 菖蒲さんと私の二人で、夕餉を食べたときのことを思い出しながら、私は喉を潤すための水を求めに屋敷をさ迷う。


「っ」


 一瞬、頬の横を鋭い風が駆け抜けた。

 何が起こったのか確認する暇もなくて、私は呆然と立ち尽くしてしまった。

 視界に映るのは、片手で持てる大きさの拳銃を手にしている男性。


坂上橙耶(さかがみとうや)さん……ですか……」


 もう一人、会っていない吸血鬼狩りの方の名を呼ぶ。

 私の問いに対して、答えは返ってこなかった。

 でも、恐れることはない。

 屋敷の中で何かが起きてもいいように、菖蒲さんは屋敷に残ってくれた。


(私が恐れているのは、院瀬見様と行方知らずのお父様……)


 私は落ち着いて名も名乗らない彼に近づこうと、震える足を動かそうと鼓舞する。

 何もないかもしれないけれど、何かあるかもしれない。

 何もなかったら、それでいい。

 何かあったら、誰かに知らせなきゃいけない。


「私、月見里紅音(やまなしくおと)と申します」


 誰かが運命の糸に、いたずらしている。

 そんなことを考えてしまうほど、私の元に駆けつける人は現れない。

 私が救われない可能性もあるけれど、晴馬さんと菖蒲さんなら事態を良い方向に持っていけるかもしれない。

 私にしては珍しく、良い発想の可能性の方にかけてみようと思った。


「体調が優れないのなら、私が部屋に案内します」


 自らを危険に晒して、決して褒められた行動をとっているわけではない。

 それでも目の前にいる男性が吸血鬼狩りの坂上橙耶さんだと信じて、私は足を一歩ずつ進め始める。


「……無事だったか」


 激しく降る雨の音が恐怖を煽り、聴覚すべてを塞いでしまいたい。

 そんな想いに駆られた刹那。


「橙耶さんっ!」


 晴馬さんの声が聞こえると共に、彼が廊下の曲がり角から姿を現した。

 橙耶という名前を呼んで現れたことから、やはり私の目の前にいるのは吸血鬼狩りの坂上橙耶さんだということが分かる。


「紅音、様……」


 暮らしている人の数が少ないこともあって、屋敷すべてのカーテンを閉じることは不可能に等しい。

 カーテンで遮られていない窓は外の様子を事細かに教えてくれ、雷が落ちると同時に周囲の状況を確認できた。


「もうお休みになられたのかと……」


 晴馬さんも坂上さんも、服が吸い切れない雨でびしょ濡れとなっていた。

 それをなんとかしなければいけないと思うのが普通だと思うけれど、歯切れが悪い晴馬さんを見ていると私こそが邪魔なのだと悟る。


「すみません、私、部屋に戻ります……」

「無事を確認したかった。ただ、それだけだ」


 後ろを振り返り、私が自分の部屋に戻るよりも早く動き出したのは坂上さんの方だった。

 部屋に戻る以外の言葉を発することなく、銃を手にした坂上さんは姿を消した。


「紅音、様……」


 坂上さんがいなくなると同時に、晴馬さんは体から力が抜けきってしまったみたいだった。

 その場に屈みこんだ晴馬さんを見て、私は急いで彼に駆け寄った。


「晴馬さん」


 ただ、名前を呼び続ける虚しさ。

 互いに言葉を返さないと、相手の不安を煽っていくと気づいた。


「晴馬さん」


 今、何が起きて、こんなにも不安なのか分からない。

 先程まで見ていた夢が原因なのか、晴馬さんの体調が万全ではなさそうに見えることが原因なのか、いろいろな要因が混ざり合っていくけれど、私は晴馬さんの名前を呼ぶことを諦めたくない。


「晴馬さん、大丈夫ですよ」


 片方の手は、晴馬さんの背を擦る。

 もう片方の手は、晴馬さんの手に触れる。

 すると、晴馬さんから反応があった。


「名前……呼んでくれて、ありがとうございます……紅音様……」


 晴馬さんの手には銃が握られたままだったけれど、その銃を手放すように私は晴馬さんの指を一本一本ゆっくりと解いていく。


「すみません……少しの間、手を握ってもらっても……」


 晴馬さんは無理矢理な作り笑顔で、ようやく私のことを視界に入れてくれた。


「それで晴馬さんが、落ち着くのなら……」


 晴馬さんは、ぎこちない深呼吸を繰り返していた。

 大きく息を吸い込みたいのだろうけど、それができないもどかしさ。


「少しは落ち着きますか……?」

「助かります……はぁ……あ……、もうすぐで落ち着きますから……」


 手を握ったままというところを、晴馬さんは気にしてくれたのかもしれない。

 けれど、自分が辛いときまで私に気を遣わなくていいと思った。

 そう言ってあげたいけれど、まずは晴馬さんの体調を落ち着かせることを優先させた。


「晴馬さん、寒いですよね……?」

「あ……外、雨が凄いですからね……」

「体が冷えてしまいますね」


 晴馬さんの手に触れる。

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