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吸血鬼に愛された世界に、祝福の花が咲き誇りますように  作者: 海坂依里
第3章「花嵐~触れて、遠ざかる~」
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第2話「夢」

(ひざ掛けを作るには、あとどれだけの時間がいるのか……)


 晴馬(はるま)さんのために、ひざ掛けを作りたい。

 そう菖蒲(あやめ)さんに提案したのは私だけど、ひざ掛けを使うにしては季節外れの夏が訪れてしまう。

 しかも、男性がひざ掛けを使うものなのかも分からない。

 それでも菖蒲さんは私のために親身になってくれて、見本のひざ掛けをあっという間に完成させたものだから言葉にならないほど感動させてもらった。


「…………」


 見本のために作ってくれたひざ掛けを、菖蒲さんの元に返しに行こうと思い立ったのには訳がある。


『紅音ちゃんが羨ましい』

『菖蒲さん?』


 菖蒲さんが作ってくれた見本のひざ掛けに感動していたとき、菖蒲さんが呟きのような囁き声を漏らした。


『どんなにかぎ針編みが得意でも、私が作った物は受け取ってもらえないから』


 菖蒲さんが贈りたいと想う相手は、菖蒲さんのことが嫌いなのか。

 菖蒲さんが贈りたいと願う相手は、もしかするとこの世にいないのか。

 浮かび上がった予想は、どちらも悲しくて私は言葉を返すことができなくなってしまった。

 すると私を気遣うように、菖蒲さんはにっこりと笑って『大切な人に受け取ってもらえるといいわね』と言って励ましてくれた。


(菖蒲さんの、大切な人……)


 誰もが、大切な人のための何かがやりたいと思っている。

 相手のためになれるかどうかは、きっと誰にも分からない。

 やってみないと、相手が喜んでくれるかなんて分からない。


「私も……大切な人のために、何かをやりたい……」


 菖蒲さんが作ってくれたひざ掛けに体を守られながら、私は眠りの世界へと誘われた。

 未来への展望を抱きながら眠ることができたら良かったのに、ほんの少しの不安は私に悪夢を与える。


「はぁ……はぁ……」


 薄暗い森の中。

 どこを走れば、森の出口が見つかるのかも分からない。

 どの道を辿って逃げれば、森の外で誰かが助けてくれるのかも分からない。

 そもそも、どれが道?


「紅音っ! 紅音っっっ!!!」


 乱れる呼吸音を聞き取られないように、口を塞いで院瀬見様が過ぎ去るのを待つ。


(見つかるのも時間の問題……)


 広大な森の中を逃げ回っているはずなのに。

 太陽も月明りも照らしてくれない、闇夜と呼ばれる状態に近い森の中を逃げ回っているはずなのに。


(見つかる……見つかる……見つけられる……)


 確信。

 大声で私の名を叫んでいる、院瀬見(いせみ)様に。

 私は見つかってしまう。


(移動する……? それとも、じっとしている……?)


 二択が、頭を過る。

 でも、多分、その二択は、どちらも間違い。


(絶対に見つかる……私は見つかってしまう……)


 体の震えが止まらない。

 どう体を押さえつけても、この震えを止めることができない。


「紅音っ! さっさと出てくるんだ!」


 泥濘(ぬかる)んだ地面を走り回ったせいで、飛び跳ねた泥に私は塗れていく。

 いっそのこと、こうして泥に紛れることができたら楽かもしれない。

 でも、それができない。

 人と泥が交じり合って一つに纏まるなんて現象、起きるはずがないのだから。


「おとなしく私の婚約者でいれば良かったものの……」


 私を彩る美しい着物に、汚れた汗が滲んでいく。


「私が、直々に捕まえなければいけなくなっただろうがっ!」


 私を着飾ってくれていた着物は、もう意味もなさないほどに穢れていく。


「出てこい、出てこい、出てこいっっっ!」


 どうして、私が生きる物語に救いはないのでしょうか。

 恋の物語に出てくる殿方は今頃、どこかの誰かと恋に落ちているのでしょうか。


「晴馬さん……晴馬さん……晴馬さんっ……!」


 物語の中に出てくる姫君は、物語の終わりに幸せを掴むことができる。

 でも、私の物語に幸福なんてものは待っていない。


「見ぃぃつぅぅけぇぇたぁぁ」


 私は月見里(やまなし)家と、婚約者に囚われ続ける物語を生きる者。


「手間をかけさせやがってっっ!」


 院瀬見様は持っていた刃物で、心臓を突き刺してはくれなかった。

 致命傷にならないように、紅音の手や脚を何度も何度も突き刺してくる。


「紅音の血は、あとで私が美味しく食させてもらうよ」


 赤が、着物に滲んでいく。

 黒ずんだ赤が、着物を穢していく。


「紅音の血は、誰にも渡さない……」


 おまえは幸せになることができないんだと言わんばかりに、院瀬見様は憎しみを込めて深く骨にまで行き届く強さで私の体を刃物で引き裂いていく。


「晴馬さん……」


 晴馬さん。

 あなたは今、どこにいますか?

 あなたは私のことを探すこともなく、どこかの誰かと幸せな未来を歩んでいるのでしょうか。


「今、誰の名を呼んだ……」


 着物が、臓器から溢れ出す血を吸いきれないと悲鳴を上げる。


「おまえの婚約者は、この私だ!」


 止まらない。止まらない。

 着物が、自身の血に塗れていく。


「そういう態度が許せないんだよっっ!!」


 もう、声も出すことができない。

 流れていく血を、ぼんやりとした頭で眺めることしかできない。

 でも、最後に言ってあげよう。

 醜い、醜い、婚約者に、言ってあげよう。


「綺麗に殺してください」 


 ここで別れるために、私を殺してください。

 もう、あなたと夢で会わないために。

 私は、心の底から愛する人と生きるための物語を選びたい。


「はぁ……はぁ……」


 夢見が良くない。

 今に始まったことでもないけれど、夢を見るのが怖い。

 もう吸血鬼の院瀬見は、この世に存在しない。

 それを自分の目で確認しているはずなのに、彼の死を認めさせないためにも彼は私の夢まで食らいついてくる。

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