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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女以外の人間に興味が無かった末路がこれか。

作者: ヨスガ


「ご安心ください。大丈夫ですから」


 お飾りの妻は初夜の晩、処女からぬ笑みを浮かべてそう言った。



 俺には愛する恋人がいた。しかし身分違いだと引き離された。

 それだけでは飽き足らず、神殿のお告げとやらで無理やり知らない女と結婚まで進められた。


 世の中は乱れていた。予言された魔王は確かに現れ、そして俺と精霊の愛し子の愛の結晶がそれを祓うだろうと。

 ――そんなつまらない物の為に、俺は愛した人と引き離され知らぬ女と体を繋げる事になった。

 それは初夜の晩限りだったが、あの女の言った通り大丈夫だった。

 その一夜で女は孕んでいた。

 処女からぬ笑みを浮かべて緊張した素振りもない、いや、処女ではなかった。そんな女だったからもしかすると、俺の子ではなかったのかもしれない。

 それでもそんな事はどうでもよかった。

 子は間違いなく生まれ、その子は俺にそっくりだったのだから。

 義務は果たした。そうして俺は妻を放ってただ館にこもって過ごしていた。


 子は立派な聖女となった。

 荒れていく世の中は聖女の旅立ちに活気を取り戻し、実際あの子は次々と街から魔物を祓っていった。

 10歳で旅立ち、仲間を増やし、12歳で世界を救って戻って来た。

 ――俺の元へ。


「お父様」

「おかえり。よくやったな」


 形ばかりの祝福を述べ、笑みを形作ってやれば娘は安心したような微笑みを返してきた。


「約束ですよお父様。お母様に会わせてください」

「え?」

「遠くで療養していると仰ったではないですか。私が役目を終えれば会わせてくださると!」


 ああ。だから俺の所に戻って来たのか。

 俺はどうしたものかと思案した。

 ――あの女とはもう長く会っていなかった。どうしているのだろうか。

 興味がなさ過ぎて、この子にあの女の事を聞かれた時療養していると嘘をついたんだった。


「執事を」

「は」


 執事を呼び寄せ問えばあの女はもう長く地下牢に居るという。

 どういう事だと聞けば、昔俺が命じたという。そしてそのままだと。


「そんな命を下したか?」

「確かに旦那様の命でございます。……処女と偽ったと、たいそうお怒りで、子が生まれたらそのまま閉じ込めておけと」

「ああ」


 目の前をうろつかれるのが不快で、適当な理由をつけてそう命じたのだった。

 という事は、十年以上経っているのか。


「牢から出す進言もなかったから忘れていたな」

「旦那様がその件に触れればクビだと仰ったものですから」

「そうか」


 全てどうでもよく、忘れていた。

 くるりと背後を振り返ると、聞こえていたらしい娘は顔を真っ青にしていた。


「案内を」

「はい」


 連れ立って地下牢へと向かう。

 湿っぽいそこは特に用も無く、これまで足を向けた事がなかった。

 牢番は俺を見て酒で焼けているであろう赤ら顔を青に変え、慌てて酒瓶を隠したようだ。


「主様、このような場所へいかがなさいましたか」

「妻を見に来た。どこだ」

「え、奥様ですか?」


 牢番はこの十年でどうやら入れ替わっているようだ。

 首を傾げつつも、この牢に入れられているのは一人だろうと言えばさらに首を傾げた。


「この牢はもう長く使われていません」

「何?」

「あるのは骨ですが、引き継いだ時に触れるなと言われてそのままにしてあります」

「……案内を」

「はい」


 牢番は鍵束を下げ、俺達を一番奥、陽の光が全く当たらぬかび臭い牢へと案内した。


「こちらです」

「……そんな」


 蝋燭に照らされた牢内には確かに衣類らしきものと、それに包まれた状態の骨があった。

 目にした娘は息を飲んでいる。


「お母様!」


 牢の格子にすがりつく娘を眺めつつ、ため息を漏らした。


「面倒なことになった」


 さて彼女はどこの家門の者だったか。面倒だが相手方にも葬式の連絡をしなければ。

 愛する彼女と引き離されてからこの女と結婚させられるまであまりにも急だった為何もわからない。

 いや、興味がなかったから仕方ないか。

 ――覚えているのはあの晩の「大丈夫ですから」という柔い声と、触れたよく知る女の体。


「お父様!どうしてこんな酷い事を」

「酷い?」

「おわかりにならないのですか?」


 貴方が何をなさったのかを、と続けた娘は俺を睨んでいた。


「どこかの家門の女が死んだ、それだけだろう」

「貴方の妻です!そして私のお母様ですよ?」


 娘はどうやら錯乱しているらしい。刺激しないように目をそらし、控えている執事に彼女はどこの家門かと尋ねた。


「ございません」

「何?」

「奥様は天涯孤独でいらっしゃいました。父君が亡くなられた為爵位は既になく、庶民として暮らしていたと、旦那様がそうおっしゃいました」

「は?」


 執事は何を言っているのだろうか。


「ちょっと待て、いったい何を。お前が今言ったのは俺の」

「奥様です」


 意味がわからない。引き離されてしまった俺の最愛のひと。

 無理やり結婚させられた今ここで死んでいる他人では無い。


「本来奥様は精霊王と結ばれる筈でした。けれど旦那様はどうしても奥様とご結婚なさりたいと譲らなかった」

「やめろ」


 耳鳴りがする。止せと。聞くなと。警告が頭を揺らす。


「奥様は精霊王に懇願しました。世界は救われなくてはならないけれど、愛する人と結ばれたいのだと。精霊王は旦那様にまじないをかけました。奥様が他人にみえるまじないです。それを破ってみせれば、添い遂げることを許そうと」


 ――そんな真実は知りたくなかった。


「奥様は旦那様がお気づきになるのを待っていらっしゃいました。ずっと、お亡くなりになるまで」

「お前は知っていたのか」

「はい。当時旦那様より全てお聞きしており、また奥様からまじないの事もお伺いしておりました」

「……これが、彼女だと?」

「間違いございません」


 膝をついた。どうして誰も教えてくれなかったんだ。いや、恐らくは契約なんだろう。精霊と人との。


「では、私は?お父様の子、ですよね?」

「お嬢様は間違いなくお二人のお子様です」

「でも、世界を救うのは精霊王の子なのでしょう?」


 聡い娘は震えていた。まさか自分は不義の子なのかと、予想してしまったんだろう。


「結婚式の夜に、旦那様に精霊王が憑いていたそうですよ」

「何だと?」

「子に力を渡すためだと、奥様もご納得されていました」


 あの晩、知らない女を抱けたのは精霊王に体を乗っ取られていたからか。

 そして、よく知った体だと思ったのも処女でなかったのも――彼女だったから。


「どうして気付けなかったんだ」

「避けていらっしゃったからでしょう」

「……お前は知っていたのに、他人事のように言うんだな」

「旦那様が決めて旦那様が選んだ事ですので」


 いっかいの使用人に何をお求めになるのかと、執事は俺を冷たい目で見ていた。

 ――当然だろうな。ただ妻をまっすぐ見て共に過ごしていたら、すぐに気付けた筈なのに。

 他人に、彼女以外の人間に興味が無かった末路がこれか。


『結局自ら思い出す事も無かったな』

「精霊王さま」


 突然響いた声に娘が慌てて膝をついた。強い力におされ、俺も頭を下げた。


『世界の決まり事に反して、我が番を貸し出してやったというのに、最後まで愚かだったな』

「……彼女を、蘇らせてくれ」

『ならん』


 口をついた願いに、さらに圧迫感は強くなった。


「頼む!俺を殺して構わない。彼女はこんな惨い目に遭うべきひとじゃないんだ」

『ひとは皆、後悔を抱えて生きているというのに、どうしてお前の願いだけを聞き届けなくてはならない?』


 恥をしれと、精霊王はわらう。


「俺の後悔を消したいからじゃない!彼女に幸せになって欲しいんだ」

『それならば解決しているぞ』

「は」


 気配がひとつ増えた。無理やり頭を上げると、そこには愛しい彼女が立っていた。


「ああ」

『会えて満足したか?彼女の人としての生が終わった時に番とした。幸せに過ごしているぞ』

「お母様なのですか」


 娘は微笑む彼女に抱きついた。精霊としての輝きを纏ってはいても、実体はあるようだった。


「幸せに、過ごしているのか?」

『ええ。どうして貴方に拘ってしまったのか、不思議なくらいに』


 その言葉に頭を殴られたようだった。そうだ。いくら彼女が転生していたとしても、死ぬまで苦痛を与えたのは俺だ。その事実が変わるわけでも許される筈も無かった。


「謝ってすむ事じゃない。けれど、すまなかった。本当に貴方を思うなら、俺は身を引くべきだった」

『今更だわ』


 彼女は笑ってそう答えた。彼女の中ではとうに終わった事なのだろう。


「お母様!私、皆さんと世界を救ったんです!」

『ええ。見ていたわ。よく頑張ったわね、愛しい子』


 彼女は嬉しそうに微笑んで娘を抱きしめた。生まれてすぐに神殿に取り上げられたから、二人がこうして会うのはあれ以来なんだろう。


「お母様、私、こんな人でなしといるよりお母様と精霊王さまと過ごしたいです」

「そんな」

『まあ』


 娘の言葉に冷や汗をかく。せっかく、せっかく彼女が俺に残してくれた大切な娘が行ってしまう。


『いいんじゃないか?人の世での役目は既に終えたのだからこちらに来ても。それにお前の大半は我の力で出来ているからな、我の娘と言っても過言ではない』

「精霊王さまが、お父様になってくれるのですか」

『ああ。我が番の愛しい娘ならば、我も受け入れよう』


 娘は両手を広げて精霊王に抱きついた。精霊王もまた優しい素振りで受け入れる。ああ。なんて絵になる家族だろうかと、受け入れる他ない光景だった。


「行ってしまうのか」

「今更です。貴方は私の父親らしい事を何一つしてくれなかったではないですか」


 そうだな。今更が過ぎるな。彼女の子だったとわかった今、やっと大切だったと思うんだから。

 俺の娘だったのに。知らない女の子どもだと、聖女という他人だと。そう思って過ごしていたのに。


『別れは済んだか?』

「はい!」

『人の世を捨てる後悔はないか?』

「ありません!」


 無邪気な良い返事が胸を刺す。


「奥様、お幸せになられて何よりです」

『執事さん、生前はたくさん気遣いをありがとうございました』

「いいえ。結局何の役にも立ちませんでした」

『そんな事はありません。貴方のおかげで踏ん切りもつきました』

「何よりのお言葉です。お嬢様、どうかお元気で」

「うん!幸せになるわ」

『出来た人間だな。番と娘が世話になった。我より礼として祝福を授けよう』

「これは!勿体無い事です。ありがとうございます」


 目の前の光景をぼんやり眺める。執事はどうやら最大級の祝福を受けたようだった。

 これより先彼には幸運が舞い込み続けるだろう。恐らく寿命も長く。

 人として正しく生きる彼には正しい評価がくだったようだ。

 では、俺は。


「お嬢様のお体はお任せください」

『ええ。それじゃあ行きましょうか』

『娘よ、苦痛は無いが目を閉じておけ。こちらの者になる時少々違和感があるだろうからな』

『まあ!あなたったら、私の時とは違って優しいのね』

『お前の時に学んだ。そう責めるな』

「はい、目を閉じました」


 精霊王が娘の魂を引っ張り出した。倒れ込む幼いからだは宣言通り執事がそっと抱きとめた。


「幸せに、な」


 三人が消える瞬間、呟いたそれは届いたのだろうか。

 執事は娘の亡骸を抱き上げ、俺に一礼して去って行く。

 牢番から鍵を受け取り中に入ると、残された彼女だったものを抱きしめた。


 涙が伝う。慟哭は止まらない。

 精霊王の言う通り、この先ずっと後悔を抱えて生きよう。

 そして今度は周りを幸せに。それを命題として、この命が尽きるまで。

 ――贖罪を、糧にして。


END

彼女と精霊王の子が世界を救うというのが正しい予言であり、彼と精霊の愛し子の愛の結晶がそれを祓う、は彼のために用意された嘘です。

ご閲覧ありがとうございました。

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