3-1 言えなかった言葉
私は目を見開き、震える指でその異形を差す。
「で、ででで、でっかい蜘蛛……?!」
「あれが悪霊化した『結』の言霊です。筆の気配に気付いて、先手を打ちに来たのでしょう……!」
あの巨大な蜘蛛が、悪霊?!
現実離れした光景に後退りをすると、カラスのシロが「おっと」と羽を広げる。
「逃げようったって無駄だぜ。ここは『結』が張った結界の中。現実とは似て非なる場所だ。逃げ場なんてない」
「じゃあどうしろっていうの!? あんな化物と……!」
「戦います!」
私のセリフを継ぐように、空哉くんが言う。
「筆が元に戻った今なら、アイツを封じることができる。シロ!」
「おうよ!」
空哉くんの掛け声に、シロがバサッと飛び立つ。
そして――
「――顕現せよ、『倭玉神名字鏡』! これより封印の儀を始める!」
叫んだ。
すると、シロの翼から長い巻き物のようなものが現れ、空哉くんの身体にぐるりと巻き付いた。
直後、彼の全身がパァッと光り、巻き物がシュルシュルと巻き取られ……
光の中から、袴のような装束に変わった空哉くんが現れた。
袴と言っても、かなり現代風にアレンジされたデザインだ。襷掛けのように縛られた袖は半袖だし、裾も膝下までしか丈がない。
首や手足には数珠のような宝飾が施され、よく見ると髪も少し伸びている。文字通り、"変身"だった。
その変わり様に、私は幼い頃にアニメで見た魔法少女を思い出す。彼の場合は少年……いや、青年なのだけれど。
そんな感想を抱きながら唖然としていると、空哉くんが筆を構え、
「ここで、ケリをつける!」
と、やはり魔法少女さながらの使命感に満ちた表情で、巨大蜘蛛目がけ駆け出した。
空哉くんが筆を振るうと、その先端から墨色のビームが刃状を成して放たれた。
ビームは素早く飛んで行き、蜘蛛の脚に命中する……と、綱がブツッと千切れたような跡を残し、脚が斬れた。蜘蛛の身体は、無数の糸が絡み合って出来ているようだ。
その不気味さに息を飲んでいると、蜘蛛が反撃と言わんばかりに腹部から糸を吐いた。
突き刺すような勢いで放たれるその糸の束を、空哉くんはひらりと跳躍し、躱す。
空哉くんが筆で攻撃し、蜘蛛が糸で反撃する――
そんな激しい攻防を、私はオロオロと見ていることしかできなかった。
決定打になる攻撃がなかなか当たらず、空哉くんの顔に疲労が滲み始める。
(どうしよう……私に何かできることは……)
拳を握り、彼の力になりたいと願った、その時。
――ぱぁあ……っ!
私の身体から、淡い光が放たれた。
何が起きているのかわからず、鍋つかみと軍手を脱ぎ、手のひらを見つめる。と……
――シャッ!
巨大蜘蛛が、私に向けて鋭利な糸を吐き出した!
眼前に迫る、針金のような糸の束。
避けなきゃ。そう思うのに、身体が動かない。
「……っ」
痛みを覚悟し、反射的に目を瞑った……直後。
「くっ……」
苦しげな声が上がる。
が、それは私のものではない。
恐る恐る瞼を開けると、目の前には……
私を庇うように手を広げ、脇腹から血を流す空哉くんがいた。