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1-2 思い出の捨て方



 ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎

 


 今から半年前。

 職場の同僚に誘われ、初めてコンパというものに参加した。

 元々参加予定だった人が体調不良になり、人数合わせで急遽召集されたのだ。

 

 しかし、お酒に弱く、二杯目から烏龍茶を飲んでいた私は、酔い始めた周りの雰囲気に居心地の悪さを感じ、お金を多めに置いて「ごめん、帰るね」と二時間足らずで席を立った。


 昔から大勢で騒ぐのが苦手だった。特に、初対面の人とのノリを見極めるのが難しい。

 失礼がないようにと丁寧に返せばつまらなそうな顔をされ、ノリよく返そうと例えツッコミなんかをすれば、ポカンと白けさせてしまう。

 

 愛嬌もユーモアもない、真面目なだけのつまらない女。

 そのことを思い知らされるようで、いつからかこうした飲みの席を避けるようになっていた。


(……やっぱり、私にはコンパとか向いていないや)


 下駄箱からパンプスを取り出し、笑い声の響く店内を背に、外へ出る。

 深夜の繁華街には、雨が降り出していた。

 

 夜から雨が降ることは、天気予報で事前に把握済みだった。

 私は鞄に手を入れ、折り畳み傘を取り出そうとする――と、


「――あの!」


 後ろから、声をかけられた。

 振り返ると、一人の男性が立っていた。

 同じコンパの参加者で、私の斜め向かいに座っていた人だ。


 彼は私の前に立つと、緊張した面持ちになって、


「俺も帰ります。傘あるので……一緒に入りませんか?」


 と、黒い長傘を差し出した。

 突然の申し出に、私は暫し呆けたのち……こう返す。


「あ、傘ならあるので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。みなさんまだ飲まれていますよね? 戻っていただいて結構ですよ」


 言って、折り畳み傘を取り出す私。

 しかし、彼は慌てて手を振り、


「いや、違くて! 俺は、あなたと一緒にいたいというか……!」


 そう口ごもりながら言うので、私は意図がわからず首を傾げる。

 彼は意を決したように顔を上げ、私を見つめると、


「……あなたのことが気になります。二人で、少し歩きませんか?」


 そう言って、黒い長傘を、あらためて差し出した。

 


 ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎

 


 ――それが、元カレとの出会い。

 その後、何回か食事をして、付き合うことになったのだ。


 こうして振り返ると、私の振る舞いは最初から可愛げがなかった。

 甘え上手な人ならきっと、折り畳み傘を持っていることを隠し、素直に彼の傘に入っていただろう。


 しかし、そうした反省も、もはや無意味だ。

 私も、この傘も……彼に捨てられてしまったのだから。


「…………」


 私は、骨組みに縫い付けられた最後の糸をハサミで切る。

 そして、真っ黒な布地を、ばさりと取り払った。


 私の手でバラバラになった、思い出の傘。

 これで、ちゃんと……捨てることができる。


「……ありがとう」


 そして、さようなら。

 そう胸の内で呟くと同時に、涙が一筋、溢れた。


 その雫を手で拭い、骨だけになった傘の()をそっと握った――その時だった。



 ――カッ!



 傘から、目が眩む程の猛烈な光が放たれた。



 

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