1-2 思い出の捨て方
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今から半年前。
職場の同僚に誘われ、初めてコンパというものに参加した。
元々参加予定だった人が体調不良になり、人数合わせで急遽召集されたのだ。
しかし、お酒に弱く、二杯目から烏龍茶を飲んでいた私は、酔い始めた周りの雰囲気に居心地の悪さを感じ、お金を多めに置いて「ごめん、帰るね」と二時間足らずで席を立った。
昔から大勢で騒ぐのが苦手だった。特に、初対面の人とのノリを見極めるのが難しい。
失礼がないようにと丁寧に返せばつまらなそうな顔をされ、ノリよく返そうと例えツッコミなんかをすれば、ポカンと白けさせてしまう。
愛嬌もユーモアもない、真面目なだけのつまらない女。
そのことを思い知らされるようで、いつからかこうした飲みの席を避けるようになっていた。
(……やっぱり、私にはコンパとか向いていないや)
下駄箱からパンプスを取り出し、笑い声の響く店内を背に、外へ出る。
深夜の繁華街には、雨が降り出していた。
夜から雨が降ることは、天気予報で事前に把握済みだった。
私は鞄に手を入れ、折り畳み傘を取り出そうとする――と、
「――あの!」
後ろから、声をかけられた。
振り返ると、一人の男性が立っていた。
同じコンパの参加者で、私の斜め向かいに座っていた人だ。
彼は私の前に立つと、緊張した面持ちになって、
「俺も帰ります。傘あるので……一緒に入りませんか?」
と、黒い長傘を差し出した。
突然の申し出に、私は暫し呆けたのち……こう返す。
「あ、傘ならあるので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。みなさんまだ飲まれていますよね? 戻っていただいて結構ですよ」
言って、折り畳み傘を取り出す私。
しかし、彼は慌てて手を振り、
「いや、違くて! 俺は、あなたと一緒にいたいというか……!」
そう口ごもりながら言うので、私は意図がわからず首を傾げる。
彼は意を決したように顔を上げ、私を見つめると、
「……あなたのことが気になります。二人で、少し歩きませんか?」
そう言って、黒い長傘を、あらためて差し出した。
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――それが、元カレとの出会い。
その後、何回か食事をして、付き合うことになったのだ。
こうして振り返ると、私の振る舞いは最初から可愛げがなかった。
甘え上手な人ならきっと、折り畳み傘を持っていることを隠し、素直に彼の傘に入っていただろう。
しかし、そうした反省も、もはや無意味だ。
私も、この傘も……彼に捨てられてしまったのだから。
「…………」
私は、骨組みに縫い付けられた最後の糸をハサミで切る。
そして、真っ黒な布地を、ばさりと取り払った。
私の手でバラバラになった、思い出の傘。
これで、ちゃんと……捨てることができる。
「……ありがとう」
そして、さようなら。
そう胸の内で呟くと同時に、涙が一筋、溢れた。
その雫を手で拭い、骨だけになった傘の柄をそっと握った――その時だった。
――カッ!
傘から、目が眩む程の猛烈な光が放たれた。