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君と風の行方  作者: 月見饅頭
第四章

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屋上の二人


 文化祭当日の朝、目が覚めると同時に胸が高鳴った。

 カーテンを開けると、秋晴れの青空が広がっている。絶好の文化祭日和だ。

「よし」

 小さくガッツポーズをして、着替えを始める。今日は制服ではなく、クラスで揃えたTシャツを着ることになっている。


 朝食を食べながら、母さんが「楽しんできてね」と声をかけてくれた。

「午後から行くから」

「え、本当に来るの?」


「当然でしょ。悠人が頑張ってるの、見たいもの」


 その言葉に、少し照れくさくなる。でも、嬉しかった。

 学校に着くと、校門にはすでに看板が立てられていた。「ようこそ!文化祭へ」と書かれた大きな文字。

 昇降口から校舎に入ると、廊下は装飾で彩られ、あちこちから準備をする声が聞こえてくる。

 教室に入ると、すでに何人かのクラスメイトが集まっていた。


「おはよう!」

 鈴木が元気よく声をかけてくる。

「おう、おはよう」


「準備、始めるぞ!」

 鈴木の掛け声で、最終準備が始まった。


 テーブルに布をかけ、本を並べ直し、メニュー表を貼り出す。みんなが手際よく動いていく。


「桜井、調理準備は?」


「大丈夫。材料も全部揃ってる」

 家庭科室を借りて、飲み物の準備を整える。コーヒーメーカー、ポット、カップ――全て確認済みだ。


 9時、開場時刻が近づいてきた。


「みんな、集合!」

 教室の中央に集まって、最後の確認をする。


「シフトは確認した?」

「OK!」


「メニューの価格も決まってる?」

「大丈夫!」

 みんなの顔に、緊張と期待が入り混じっている。


「じゃあ、円陣組もう」

 クラス全員で輪になって、手を重ねた。


「古本カフェ、成功させるぞ!」

「おー!」


 9時30分、開場。

 廊下に人の流れができ始めた。各クラスの呼び込みの声が響く。


「古本カフェへどうぞー!」

 宮田たちが入口で呼び込みをする。

 最初の来客は、隣のクラスの生徒たちだった。


「へえ、本読めるカフェなんだ」

「すごい、こんなに本がある」


 興味津々で店内を見て回る様子に、少しほっとする。


「いらっしゃいませ」

 白松さんが笑顔で迎える。


「本は自由に読んでいただけます。ドリンクもどうぞ」

 俺は家庭科室に戻って、注文が入ったドリンクを作り始めた。


「コーヒー二つ、紅茶一つ!」

「了解!」


 鈴木と手分けして、次々と注文をこなしていく。


 10時を過ぎる頃には、教室はほぼ満席になっていた。

 本を読みながらコーヒーを飲む人、友達と話しながら紅茶を楽しむ人――それぞれが思い思いの時間を過ごしている。


「すごい、大盛況じゃん」

 鈴木が嬉しそうに言う。


「ああ。白松さんのアイデア、大成功だな」


 教室を覗くと、白松さんが来客に本を勧めている姿が見えた。彼女の生き生きとした表情を見て、胸が温かくなる。


 11時頃、入口で少し騒ぎがあった。


「いっ、いらっしゃいませ」

 宮田の声に、思わず顔を上げる。


 入口に立っていたのは、カオルだった。


「カオル!」

 思わず声をかけると、カオルが笑顔でこちらを見た。


「桜井くん、白松さん。来ちゃった」


「来てくれたんだ」

 白松さんも嬉しそうに駆け寄る。


「評判がいいって聞いたから。お邪魔してもいいかしら」


「もちろんです。どうぞ」


 席に案内して、メニューを渡す。


「紅茶をお願いします」


 注文を受けて、俺は家庭科室へ戻った。

 丁寧に紅茶を淹れて、教室に戻る。


「お待たせしました」

 カップを置くと、カオルが周りを見回した。


「素敵な空間ね。本当に落ち着く」

「二人とも、頑張ってるね」


 その言葉に、少し照れくさくなる。

 カオルは本棚の方へ歩いていって、一冊の本を手に取った。


「あ、これ……『風の行方』」

 その本を見て、白松さんが小さく微笑む。


「カオルさんに読んでほしくて、置いたの」


「そうだったんだ……ありがとう」

 カオルは本を胸に抱きしめた。


「この本、私にとっても特別なの。曲のタイトルをもらったから」

 三人でテーブルに座って、少し話をする時間ができた。


 俺たち三人だけの時間。


「ねえ、二人に報告があるの」

 カオルが真剣な表情で言った。


「何?」


「私ね、来年、音楽学校に進学することにしたの」


 その言葉に、俺と白松さんは同時に顔を上げた。

「本当?」

「うん。もう一度、ちゃんと音楽と向き合いたくて」

 カオルの目には、強い決意が宿っていた。


「病気のこともあって、一時は諦めかけてた。でも、二人と出会って……もう一度挑戦してみようって思えたの」

 白松さんの目が、少し潤んでいるように見えた。


「カオルさん、すごい……」


「すごくなんかないよ。ただ、自分の本当にやりたいことを選んだだけ」

 カオルは優しく笑った。


「白松さんも、自分の道を見つけてね」

「私の……道?」


「うん。白松さんには、白松さんにしかできないことがあるはずだから」

 その言葉に、白松さんは静かに頷いた。


「桜井くんも」

 カオルが俺の方を向く。


「あなたも、自分の道をちゃんと歩いてね。二人なら、きっと素敵な未来が待ってる」


「ああ」

 カオルとの会話は、短いけれど深い時間だった。


 彼女が店を出ていく時、振り返って手を振ってくれた。


「また会おうね!」


「うん、必ず!」

 白松さんが手を振り返す。

 その後ろ姿を見送りながら、胸の奥が温かくなった。


 午後になると、来客数は少し落ち着いてきた。


「ちょっと休憩しよう」

 鈴木が提案して、シフトを交代する。


「白松さん、少し休憩しない?」

 声をかけると、白松さんは嬉しそうに頷いた。


「うん。どこか、静かな場所に行きたいな」


「じゃあ、屋上?」

「いいね」

 二人で教室を出て、階段を上る。

 文化祭で賑わう校内を抜けて、屋上のドアを開けた。


 そこには、静かな空間が広がっていた。人の気配はなく、ただ秋の風が吹き抜けていくだけ。

「うわあ……」


 白松さんが小さく声を上げる。

 屋上からは、校庭が一望できた。模擬店が並び、生徒たちが楽しそうに歩き回っている。


「文化祭、楽しいね」

 白松さんが呟いた。


「ああ。白松さんがいるから、余計に」

 その言葉に、白松さんは少し驚いたように俺を見た。

「桜井くん……」

「本当だよ。白松さんと一緒だから、こんなに楽しいんだ」

 素直に気持ちを伝えると、白松さんの目が潤んだ。


「私も、桜井くんがいるから」

 彼女がそっと俺の手を握ってきた。


「こんなに楽しい文化祭、初めて」

 その言葉の裏に、彼女の過去があることを知っている。中学の時、文化祭に参加できなかった彼女。

「これからも、たくさん楽しい思い出を作ろう」


「うん」

 白松さんが微笑む。

 風が吹いて、彼女の髪が揺れた。

 夕日が少しずつ傾き始めて、空がオレンジ色に染まっていく。

 二人のシルエットが、屋上の床に長く伸びていた。


「ねえ、桜井くん」


「ん?」


「カオルさん、すごいよね。自分の道を決めて」


「ああ」


「私も……自分の道、見つけたいな」

 白松さんの声に、少しだけ不安が混じっていた。


「見つかるよ。白松さんなら」

「本当?」


「ああ。それに、俺も一緒に探すから」

 その言葉に、白松さんは嬉しそうに笑った。


「ありがとう」

 握っていた手に、少し力を込める。白松さんも、握り返してくれた。

 しばらく二人で空を見上げていた。


 雲がゆっくりと流れていく。その下で、文化祭は続いている。

「そろそろ戻ろうか」

「うん」

 手を離して、屋上のドアへ向かう。

 階段を降りながら、白松さんがふと言った。


「今日、本当に楽しかった」

「まだ終わってないぞ」

「そうだね」

 彼女が笑う。


 教室に戻ると、まだ何人かの来客がいた。

「お帰りー。どこ行ってたの?」

 宮田が聞いてくる。

「ちょっと屋上まで」


「そっか。いいな、二人で」

 宮田が意味ありげに笑う。

「鈴木くんとも行けば?」

 白松さんが言うと、宮田は少し頬を赤らめた。


「そ、それは……」

 そんな会話を交わしていると、鈴木が家庭科室から戻ってきた。


「おい、また注文入ったぞ」

「了解」

 再び調理場に向かう。

 文化祭は夕方まで続いた。

 閉会式の時間になると、各クラスの出し物が終了していく。


 俺たちの古本カフェも、無事に店じまいを迎えた。

「お疲れ様でした!」

 クラス全員で声を揃える。

「売上、すごいことになってるよ」

 会計係が嬉しそうに報告する。


「本当?」

「うん。たぶん、学年では一番じゃないかな」

 その言葉に、教室が歓声に包まれた。

「やったー!」

「古本カフェ、大成功!」

 みんなが喜び合う中、白松さんがそっと俺に寄りかかってきた。


「疲れた?」

「うん、ちょっと。でも、嬉しい疲れ」

 その言葉に頷く。


「白松さんのおかげだよ。素敵なアイデアをありがとう」

「ううん。みんなで作り上げたから」

 彼女は満足そうに微笑んでいた。

 片付けを終えて、教室を出る。


 廊下には、他のクラスの生徒たちもいて、互いに「お疲れ様」と声をかけ合っていた。

 下駄箱で靴を履き替えていると、母さんが声をかけてきた。


「悠人、お疲れ様」

「あ、母さん。来てくれたんだ」

「もちろん。すごく素敵なカフェだったわよ」


 母さんの言葉に、少し照れくさくなる。


 母親と別れて、白松さんと校門を出る。

 夕暮れの空が、茜色に染まっていた。


「今日、本当にいい一日だったね」

 白松さんが言う。


「ああ。忘れられない一日になった」

 二人で並んで歩きながら、今日のことを思い返す。

 カオルとの再会。彼女の新しい決意。屋上での時間。そして、クラス全員で作り上げた古本カフェ。

 全てが、かけがえのない思い出になった。


「カオルさん、音楽学校に行くんだね」

 白松さんがふと呟いた。


「ああ。すごいよな、あの決意」

「うん……私も、見習わなきゃ」

「白松さんの道も、きっと見つかるよ」

「ありがとう」


 駅に着いて、改札の前で立ち止まる。


「じゃあ、また明日」

「うん。今日は本当にありがとう」

「こちらこそ」


 白松さんが改札を通って、ホームへと続く階段を上っていく。

 その背中を見送りながら、今日一日のことを思い返した。


 青春――そんな言葉が、ふと頭に浮かぶ。

 今日という日は、まさに青春の一ページだった。


 帰りの電車の中、スマホに鈴木からメッセージが届いた。


「今日は最高だったな。お前も白松も、いい顔してたぞ」

 その言葉を読んで、思わず笑顔になる。


「お前もな。宮田さんといい感じだったじゃないか」

 そう返信して、窓の外を見る。


 夕暮れの街が、オレンジ色に染まっていた。

 家に着いて部屋に入ると、疲れが一気に押し寄せてきた。

 でも、それは心地よい疲れだった。


 ベッドに横になりながら、今日の白松さんの笑顔を思い出す。

 カフェで本を勧める姿。屋上で手を握ってくれた時の温もり。夕日に照らされた横顔。

 全てが、愛おしく思えた。


「カオルの道、白松さんの道、そして俺の道……」

 小さく呟く。


 まだ見ぬ未来。でも、三人ともそれぞれの「風の行方」を探している。

 その風がどこへ向かうのか、まだ分からない。


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