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ゆっくり届く心

 

 ある日の放課後、俺たちは図書室にいた。


 いつものメンバー ――俺、鈴木、白松さん、それから宮田。次のクラスイベントで使う資料を探すためだ。



「これでいいんじゃね?」



 鈴木が手にした一冊の本をパラパラめくりながら言う。



「ああ、どうせ中身も読んでないだろ」



 俺が突っ込むと、鈴木はわざとらしく笑って肩をすくめた。



「まーた適当なこと言ってる」



 宮田が軽く溜め息をつきながら本を受け取る。



「鈴木くん、それじゃテーマからずれてるよ。ちゃんと考えて選ばないと」



「うっわ、宮田さん、厳しいねえ。でも、分かったよ。俺が真面目じゃないのは知ってるだろ?」



 鈴木は悪びれもせず笑う。その様子に、宮田はほんの少しだけ驚いたような顔を見せた。



「……なんでそんなに軽く言えるの?」



 その問いに、鈴木はさらに口元を緩めて答える。



「だって、俺、失敗してもなんとかなるタイプだから。宮田さんがいれば、な!」



 その一言に、俺も白松さんも思わず顔を見合わせた。


 あまりに軽すぎるし、本気なのか冗談なのか分からない。だが、宮田の表情はほんの少しだけ変わっていた。


 彼女の中で、何かが動き始めた瞬間だったのかもしれない。



 数日後の昼休み、宮田が鈴木の机に近づいていくのを見かけた。



「鈴木くん、放課後、少し手伝ってくれる?」



「お、宮田さんが俺を頼るなんて珍しいな。いいぜ」



 普段通りの軽口を叩きながらも、鈴木は快く承諾する。

 宮田はそっけない素振りを見せながらも、どこか嬉しそうに見えた。


 放課後、教室に残って作業を始めた2人を、俺は少し離れた席から見ていた。



「なあ、宮田さんってさ、結構しっかり者だよな。俺がもっと真面目だったら、付き合ってくれたりするのかな?」



 鈴木が唐突にそんなことを言い出す。


 宮田の手がピタリと止まり、顔を赤く染めながら驚きの表情を見せた。



「えっ……!」



 だが、鈴木は彼女の反応に気づかず、「冗談だよ」と笑いながら作業に戻っていく。


 冗談――それだけだったのだろう。鈴木にとっては。


 だが、宮田にとっては違ったようだ。


 彼女は静かにため息をつき、呟いた。



「……全然、気づいてないんだね」



 その後、宮田が白松さんを呼び出して話している姿を見かけた。



「ゆり、私……鈴木くんのこと、気になり始めちゃったみたい」



 偶然耳にしたその一言に、俺は思わず足を止めた。

 

 宮田が鈴木に? 全く気づかなかった。



「えっ、鈴木くん?」



 白松さんも驚いたように聞き返している。



「最初はただの軽い人だと思ってた。でも、意外と頼りになるんだなって……」



 白松さんは少し考えた後、優しく微笑んで言った。



「宮田がそう思うなら、それって素敵なことじゃない?」



 だが、宮田の顔にはまだ迷いが浮かんでいる。



「でも……あの人、私のことなんて全然気にしてないと思う。たぶん、誰にでも優しいから……」



「鈴木くんは鈍そうだから、少しずつ気づいてもらうしかないんじゃないかな?」



 その言葉に宮田は小さく頷いた。



 宮田は徐々に鈴木に近づき始めた。


 昼休みに隣に座ったり、放課後にさりげなく手伝いを申し出たり。



「宮田さんって、何かと俺のこと手伝ってくれるよな。俺、頼りないからか?」



「そんなことないよ。ただ……助け合いは大事でしょ?」


 彼女の言葉に、鈴木はふと笑った。



「宮田さんって、優しいよな。俺、もっと真面目になろうかな」



 その言葉に宮田の頬が少し赤くなるのを、俺は見逃さなかった。



 ある放課後、鈴木が不意に宮田に言った。



「そういや、最近よく俺のこと構ってくれるけど、なんかあんの?」



 突然の質問に、宮田はドキッとした顔を見せる。



「べ、別に何もないよ! ただ、友達だから……」



 鈴木はその答えに首を傾げつつ、「まあ、助かってるけどな」と笑った。


 そのやり取りを見ていた俺は、翌日の昼休み、鈴木にこっそり聞いた。



「おい、鈴木。宮田さんがお前のこと好きだって、気づいてるのか?」



「は? ないだろ、それ。俺みたいなのが好かれるとか……ありえねぇ」



「お前、それ今さら気づいたのか?」



 俺が苦笑しながら言うと、鈴木は目を丸くして黙り込んだ。



 次の日、放課後。


 鈴木が宮田を呼び出した。



「なあ、宮田さん。俺、最近お前に頼りすぎてるよな。なんかお礼したいんだけど……何がいい?」



 宮田は驚いた顔をした後、小さく微笑んで答えた。

 


「……その気持ちだけで十分だよ。でも、これからも頼ってくれるなら、それが一番嬉しいかな」



 その言葉に、鈴木は少し照れたように笑った。



「じゃあ、これからもよろしくな」



 俺はそんな2人の様子を見ながら思った。



 鈴木はまだはっきり自覚していないかもしれない。

 

 けれど、宮田の気持ちは少しずつ鈴木の心に伝わり始めている――ゆっくり、でも確かに。


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