揺れる日々
翌朝、学校へ向かう足取りは、昨日までとは違っていた。
白松さんとの話を思い出すたびに、胸の奥にある重たいものが少し軽くなるのを感じる。
今度こそ、ちゃんと自分の気持ちを伝えよう――そう決意していた。
教室に入ると、すぐに鈴木が俺を見つけて近づいてきた。
「おう、なんだよ、そのスッキリした顔。まさか、白松と何か進展あったとか?」
「……そんなわけないだろ」
俺はそう返しながらも、思わず口元が緩むのを抑えられない。鈴木にはすっかり見透かされている気がした。
ふと視線を教室の奥に向けると、窓際で友達と話している白松さんの姿が目に入る。
俺たちの目が合うと、彼女は一瞬驚いたように目を丸くしたが、その後、ふっと柔らかく微笑んでくれた。
その笑顔を見ただけで、なんだか心が温かくなった気がする。
授業が終わり、昼休みになったタイミングで、意を決して白松さんに声をかけた。
「白松さん、少し話せる?」
「うん、いいよ」
彼女は少し驚いたようだったが、すぐに頷いてくれた。その反応に少しだけホッとしながら、言葉を続ける。
「放課後、校庭の桜の木の下で待っててほしい。伝えたいことがあるんだ」
「……分かった」
彼女の頷きに、俺の中で小さな決意が固まった。今日こそ、自分の気持ちをまっすぐに伝えるんだ。
放課後の校庭は静かで、冬の冷たい風が頬を刺すようだった。
夕陽がゆっくりと沈み始め、桜の木の下に長い影を落としている。
俺はポケットに手を突っ込みながら、ただ彼女を待った。心臓がドクドクと速くなるのが分かる。
しばらくすると、白松さんが向こうから歩いてきた。
オレンジ色の光を浴びた彼女の姿はどこか幻想的で、目を奪われる。
「ごめん、待った?」
「いや、俺も今来たところ」
そんなありきたりな言葉を交わしながらも、俺の中では緊張がどんどん高まっていく。
「白松さん、この間君の気持ちを聞いて、俺、やっと分かったことがあるんだ」
「……何を?」
彼女は首を少し傾け、俺の言葉を待つ。
「俺は、君ともっとちゃんと向き合わなきゃいけなかったんだってこと。君が一人で抱え込んでた気持ちに、全然気づけなかった」
そう言いながら、心の中にあった後悔が少しずつ形になっていく。
「だから、もう一度やり直したい。一緒にいたいんだ」
言葉を口にした瞬間、胸の奥にあった重みがスッと消えるような感覚があった。
俺の思いは、これで伝わっただろうか。
白松さんはしばらく黙っていた。静寂の中、風が木々の間を吹き抜ける音だけが聞こえる。
やがて、彼女は口を開いた。
「……ありがとう」
彼女の声は、どこか震えていた。
「桜井くんがそう言ってくれるのは、本当に嬉しい。でも……私、まだ自分の中で整理できてないことがあるの」
「整理って?」
「自分の気持ちと、これからのこと。桜井くんを巻き込んでばかりで……それが怖いの」
彼女の言葉に、俺は迷うことなく答えた。
「そんなの気にするなよ。俺たち、きっと一緒に考えていけるから」
そう言いながら、俺はそっと手を差し出した。
彼女は驚いた表情を見せたが、少しだけ躊躇してから、その手を握り返してくれた。
「……まだ、怖いこともあるけど、桜井くんがいてくれるなら、少しずつ頑張ってみる」
「うん。一緒に歩こう」
彼女の手から伝わる温もりに、自然と笑みがこぼれる。
オレンジ色の夕陽が俺たちを静かに包み込み、冷たい冬の風が背中を押すように吹き抜ける。
これからの道がどんなものになるかは分からない。
だけど、白松さんとならどんな風にも立ち向かえる気がする。
風はどこにでも吹いていく――俺たちの未来も、きっとその先に広がっているはずだ。