表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と風の行方  作者: 月見饅頭
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/80

11 冬夜、すれ違う想い

 

 バイトを終え、寒い夜道を歩きながら、気づけば足は白松さんの家の方へ向かっていた。


 心の中では「こんなことしてどうするんだ」と自分に問いかける声が渦巻いていたが、それでも歩みは止まらなかった。


 白松さんと話さなければならない気がしていた。


 家の前に立つと、リビングの明かりが見えた。

 カーテン越しに、温かいオレンジ色の光が滲んでいる。誰かがいる。当たり前だ。夜の9時を過ぎている。

 チャイムを押すべきか、迷った。


「いや、さすがにそれは迷惑だろう」


 けれど、このまま引き返すのも違う気がする。

 悩んでいると、ふいに玄関の扉がそっと開いた。


「桜井くん……?」

 驚いた様子の白松さんがそこに立っていた。


 彼女の顔には戸惑いと、どこかほっとしたような表情が浮かんでいる。


「……ごめん、いきなり来て。少しだけ、話せる?」


 俺の言葉に、白松さんは一瞬ためらったものの、小さくうなずいた。


 俺たちは近くの公園まで歩いた。

 ベンチに腰を下ろし、冬の冷たい風を感じながら、俺の心臓は高鳴っていた。


「……体調、大丈夫?」

「うん」


 白松さんの声は小さく、風に溶けそうだった。


「昨日のことだけど……いきなり別れたいなんて言われて、正直、理由が分からなくて混乱してるんだ」


 白松さんは言葉を飲み込むように黙り込んだ。

 夜風が彼女の短く切られた髪を揺らしている。


 俺は少し言葉を切りながら続けた。


「もし俺に悪いところがあったなら教えてほしい。俺、ちゃんと直したいから」


 その一言に、彼女は目を伏せて唇を噛んだ。


「……桜井くんのこと、嫌いになったわけじゃないの。でも…………」

「でも?」


 彼女の声が掠れ、震えている。


「……止めてくれると思ってたの……」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。その言葉は、まるで時間を巻き戻すように俺の記憶を掘り起こす。あの時、俺は怖かったんだ。拒絶されるのが。


「止めるって……どういうこと?」

 俺は少し身を乗り出して、彼女の顔を覗き込んだ。


「別れたいって言ったとき、本当は……桜井くんが『嫌だ』って言ってくれると思ったの」


 白松さんの目が揺れていた。


「でも……桜井くんはすぐに『分かった』って……」


 その言葉を聞いた瞬間、胸がギュッと締め付けられるような感覚が襲った。

 俺の口にしたあの「分かった」が、彼女にどう響いていたのか、その意味を初めて知った。


 街灯の明かりに照らされながら、俺たちはベンチに並んで座っていた。

 言葉を失った俺の横で、白松さんは静かに口を開いた。


「……桜井くんと一緒にいるの、私にはもったいないって……思っちゃったの」


 彼女の声は震えていた。


「ごめんね、桜井くん。勝手に一人で決めつけて」

 その言葉に、俺は小さく首を振った。


「別に……謝らなくてもいいよ」


 白松さんが少し驚いた顔をして、柔らかく笑った。


「……ありがとう。桜井くん……」

 その笑顔が、かすかに揺れて見えた。


 どうすればいいのか分からなかったけれど、ただ彼女のそばにいることだけは間違っていない気がした。


「……百合子! どこにいるの!?」


 公園の入り口から響く声に、俺たちは振り返った。

 そこには、白松さんのお母さんらしき女性が立っていた。


「お母さん……」

 白松さんが小さく呟き、立ち上がる。


「お母さん、ごめんなさい……」

 駆け寄る彼女に、母親は心配の色を隠せない表情で問いかけた。


「百合子……こんな時間に出歩いて、何かあったのかと思って心配したのよ」


 母親の視線が俺の方に向けられる。


「すみません……俺が、少しだけ話したくて」


 頭を下げる俺に、彼女はじっと目を向けたあと静かに言った。


「あなた……桜井くんね」

 名前を呼ばれたことに驚いた。


「え……あ、はい」

「百合子から、あなたのことは聞いてるわ。でもね、桜井くん……こんな時間に二人で出歩くのは、やっぱり心配するものよ」


「すみません……」

 言いかけたところで、白松さんが言葉を挟んだ。


「お母さん、私が勝手に出てきただけなの。桜井くんは悪くないから」


 彼女の真剣な表情に、母親は深くため息をついた。


「とにかく、帰りましょう。桜井くん、遅くまでありがとうね。気をつけて帰るのよ」

「はい、すみませんでした」


 白松さんは母親に促され、公園の外へ向かっていった。

 彼女が振り返り、小さく手を振る。


 その姿が見えなくなるまで、俺は立ち尽くしていた。


 家へ向かう帰り道、吐く息が白く凍る。

 ポケットに突っ込んだ手をぎゅっと握りしめた。


「……やっちまったかな」


 白松さんの母親の言葉が頭の中で反芻する。


 ――――百合子から、あなたのことは聞いてるわ


 彼女が俺のことを母親に話していたなんて、少し意外だった。

 それだけ、彼女にとって俺が大事な存在だったってことなんだろうか……?


 夜空を見上げると、星が一つ瞬いていた。

 雲の隙間から、かすかに光っている。


 これで終わりじゃない。むしろ、ここからだ。


「……ちゃんと向き合わなきゃな」


 呟きは、冬の風に溶けて消えた。

 でも、胸の中には残った。


 白松さんが振り返って、小さく手を振った時の顔が、まだ目の前にある気がした。あの表情は、終わりの顔じゃなかった。


 だから、まだ間に合う。

 そう思いながら、俺は歩き続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ