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聞く「私」

ヨナカの噂話

出会った人から怖い話や奇妙なな話を聞くのが趣味の私だが、知り合いやそのまた知り合いからばかり聞いていると内容に偏りが出てくることに気付いた。


どうしても、幽霊に関する体験談が多くなってくる。


わざわざ会ってまで話してくれる奇特な人は、誰が聞いても確実におかしいと思えるエピソードを持ってきてくれる。


実にありがたい。


ただ、私は話を聞くばかりで、特になんの解決策も提示できないのだが。


しかし、そうなると出所不明で曖昧な都市伝説系の話や、実在するヤバい人間の怖い話などは、あまり耳に入って来なくなる。


より変な話を求めて、私は月に二度ほど、ヒマを見つけては夜の街で飲み歩くことにした。


これは、たまたま寄った店で、おもに酔った人たちから聞いた話だ。


本人が自らそう名乗ったわけではない。

いつからか、いつの間にか、ヨナカと呼ばれていた謎の人物がいる。


三十代くらいの男性で、日が落ちる頃に繁華街に現われて、夜明け前にはもういない。

作業着のような服を着ているが、仕事帰りというわけでもないのか、汚れてはいないらしい。

いつも困ったような笑顔を浮かべているという人もあれば、ずっとにやけているという人もいる。


酒を提供する飲食店に閑古鳥が鳴いているときに、ぶらりと現れる。

酒とつまみを注文すると、一人で静かに飲んでいる。

好みは特にないらしく、頼む酒も料理もいつも違うらしい。


ヨナカが来てしばらくすると、どういうわけだか徐々に客足が戻ってくる。

帰る頃には、ほぼ満席になることもあるという。


また会計の際、ポケットに手をつっこんで握った金を置いていく。

店員が金額を確かめる前にすぐに立ち去ってしまう。

止める暇もないどころか、気付くといないこともあるそうだ。

確認すると、小銭がやや多めだが、お釣りなしでぴったりの金額だという。

これは、どの店に現われるときも同じらしい。


あるとき、すこし混んできた居酒屋でヨナカが一人飲んでいると、なにが気に入らないのか酔っぱらった中年サラリーマンが絡みだした。

二人用のテーブルだったのでヨナカの対面に座ると、益体もないことをグダグダと言いはじめたという。

ヨナカは無視するでもなく、話に相槌を打つようにときおり頷いていたらしい。

客同士で喧嘩になるかと思った店員たちも、ひとまず安心して他の仕事に戻った。


しばらくすると、誰かが大声を上げて泣き出した。

なにごとかと店中の視線が一点に集まる。


ヨナカに絡んでいた中年男だった。


テーブルに突っ伏して子供のようにわんわん泣いていたという。

向かい合ったヨナカといえば、かわらず静かに酒を飲み続けている。


なにがあったのか、誰にもわからない。


そのうちに店内に響く泣き声は止んだ。

泣き疲れたのか、中年男はそのまま眠ってしまったらしい。


ふらりと席を立ったヨナカは、いつものように掴んだ金を置くと、会計が済む前にまた帰ってしまった。

去り際、珍しいことにレジの店員に声を掛けた。


「余ったら今日中に使ってくれ」


計算してみると、千円多かった。もう一度、数え直してみても、やはり多い。

そのうち寝ていた中年サラリーマンが起きてきて、恥ずかしそうに会計に来た。

財布を確認する。支払うための金が足りない。考え無しに飲み過ぎたらしい。

青ざめてしどろもどろになりながら、店員に事情を説明する。


不足していたのは、ちょうど千円だった。


繁華街を歩くヨナカの姿を見た人は、決まってこう言う。

片手に酒瓶を持っていた、と。

ウイスキーの黒い瓶で「だるま」の愛称でよく知られる、あれだ。

しかし、原則として飲食店に持ち込みは禁止。

来店前にその酒瓶をどこに置いてきているのかはわからない。


あるとき、ある店のホステスが都合があって遅めに出勤してきた。

店と店の間、細い隙間の裏道を通って、従業員用の入り口へ向かうと、なにかゴミの塊が落ちている。

ときどき酔っ払いが迷い込んできては、こっそり吐いたりすることもある場所だ。

通りからは見えにくいので、ゴミを捨てていく人間もいる。

またか、と思ってうんざりしながら、跨いで通ろうと足を上げて気付いた。


黒い猫の死骸だった。


気持ち悪いので目を背けて跳び越えると、小走りですぐに店に入る。

急いでボーイに片付けてもらうよう頼んだ。

しぶしぶボーイが裏口から出ると、そこに誰かがいた。


猫の死骸を見下ろすように、ヨナカが立っていたという。


ボーイが声を掛けるより早く、ヨナカは片手の酒瓶を傾けた。

動かない猫の上に、どぼどぼと大量の液体が降りかかる。

なにかうすら寒いものを感じて、ボーイはその場で固まってしまったという。


すると、急に立ち上がった猫が、ボーイの横をダッシュで走り抜けていった。


ああ、なんだ。ただの見間違いか。猫は生きてたんだな。


そうボーイは納得して目を戻すと、もうそこには誰もいなかった。


店に戻り、事情を話すとホステスは驚いた。


白目むいて口から血ィ吐いてた猫が生き返るなんてある?


もう一度ボーイが店の裏に行くと、猫が横たわっていた場所には、確かに小さな血だまりがあった。

しかし、酒瓶からあんなに出た液体は、水たまりどころか一滴も見当たらなかったという。


飲食店からすれば客を招んでくれる縁起のいい存在でもあり、特に金払いで揉めるわけでもない。

そのあたりの酒場では、いろいろな意味でヨナカは一目置かれるようになった。

かといって誰かと親しくなるわけでもなく、あっちの店こっちの店とふらふら出入りしていたらしい。

夜の繁華街でたまに出くわす、変な人。

酔客からすれば、そんな程度の存在だったが、それを面白く思わない者もいた。


あるとき、酒瓶片手に歩いているヨナカに二人組のチンピラがぶつかった。

いまさら古い手だが、肩がぶつかったと因縁をつけて居丈高に絡み出したという。

しかし、どれほど怒鳴り散らされようが、特に気にしていないのか、ヨナカは何も言わずに相手を眺めていたらしい。

面子が大事なチンピラとしては、その態度にかえって逆上した。


てめェこっち来いや、ゴルァ!


ヨナカの肩を小突いて、どこかの店の裏に連れて行く。

喧嘩腰の罵声が二人分、あたりでしばらく聞こえていたという。

十五分ほど経ったあと、ぴたりとその声が止んだ。


なにかあったのではと心配に思った通行人がその場を見に行った。


そこにはヨナカの姿はなく、二人組だけが倒れている。

声を掛けても動かない。顔色もおかしいのですぐに救急車が呼ばれた。


二人とも搬送先で、すぐに死亡が確認された。

死因は溺死。なぜか胃と肺が大量の水で満たされていた。


しばらくの間は警察が周辺で聞き込みをしていたようだ。

重要参考人としてヨナカを探していたが、どうしても見つからなかったという。


また、この直後、暴力団関係者が次々と水難事故で亡くなっている。

六日連続で、一日に一人ずつ。

飲んだ帰りに川に落ちて溺死。夜釣りで出かけて海に落ちて溺死。

泥酔後に風呂で寝込んで溺死。スポーツジムのプールで泳いでいて溺死。

なぜか熱帯魚の水槽に顔を突っ込んで溺死。そして顔を洗ってる最中に溺死。


あまりに不審なので警察も内部抗争や報復を疑ったが、確たる証拠は出なかった。


その一方で、警察が捜査している間も、ヨナカは繁華街のあちこちの店に出入りしていたようだ。

これは複数の店と、たまたま居合わせた客の証言があるので、ほぼ間違いない。

不思議なことに警察が来る直前に店を出たり、また逆に警察が帰ったあとで店に来たりしているという。


会おうとすると会えない。


実際、私も一度は本人に会ってみたいと思っているが、一向にそのときは来ない。


他にもヨナカにまつわる細かい噂話はいろいろあるのだが、最後にひとつ。

おそらくこれはヨナカが現れた最初期の話ではないかと思われる。

話者である店員によると、かれこれ十年近く前のことだそうだ。


あるとき、ある店にやってきたヨナカに店員が声を掛けた。


「すみません、お客さん。ウチ、お酒の持ち込みはちょっと」


そのとき、ヨナカは例の酒瓶「だるま」を片手に持っていた。


「ああ、すまん。次から気を付ける。でも実はこれ、中身は水なんだ」


開けた瓶の口を差し向けてきたので、店員はすこし嗅いでみた。

なにか液体が入っていたが、確かに無臭で、間違いなく酒ではなかったという。


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