それぞれの苦痛2
オオミの声がして、背中を力いっぱい叩かれたのだと理解した。
「ん? あ、何?」
「何、じゃありませんよ。心配しました……」
オオミの両目が涙で潤ってきれいだ。何だよ、大袈裟だな。
ぼんやりしながら上半身を起こす。小さな窓から覗く外の景色が真っ暗だ。どのくらいまどろんでいたんだろう。
「今、何時だ? ウルウはどうした?」
「六時半です。ウルウならとっくに起きて無言ちゃんと一緒にいますよ。アオチさん、寝てはだめです」
さっき夢の中で聞いた声はこいつのものだったのか? もう、混乱してわからなくなる。これも起きがけにはあるあるだ。
「どうして寝ちゃいけないんだよ。疲れてたんだ、少しくらい良いだろ」
明日の朝、決定的な瞬間にあくびをしているよりましじゃないか、と思う。何でこいつ、こんなに思いつめているんだ。
「この船で眠ってしまったら死んでしまう。そういうルールなんです。せめて明日の朝までは寝ないでください」
「お前、いつからそんなにここのルールに詳しくなったんだ」
「いえ……僕は、別にそんなに詳しいわけでは」
オオミがわかりやすく目を逸らした。無駄に眼鏡をいじって落ち着きがない。普段から人と目を合わせてしゃべることが苦手なこいつが、唯一目を見て話す俺にこういう態度を取る時は、何か隠し事がある時だ。
「何だよ、正直に言えよ」
「……無言ちゃんに聞きました」
ちょっと驚いて、俺の方が無言になった。
「……無言ちゃんがしゃべったのか」
「内緒なんです、誰にも言わないでください」
オオミが急に小声になる。
「どういう事だよ。お前、いつの間に無言ちゃんとそんなに仲良くなったんだ。結構美人だもんな、いいじゃないか」
「そんなんじゃありません」
食い気味に否定するのが、小学生みたいで微笑ましい。
「それで、無言ちゃんは何て言ったんだ」
「あっちの船で死んでた人たちの事を教えてくれたんです。みんな、死ぬ前に眠っていたそうです。無言ちゃんだけが起きていたって」
そんな大事な話なら、今すぐみんなに聞かせてやった方が良いんじゃないか? そう思ったがオオミは声を落としたまま続ける。
「寝ていた人は次々に甲板で自殺し始めて、うたた寝していた無言ちゃんも自殺しかけたけれど、何とか耐えられたそうです。寝入ってしまわなかったから助かったんだと思います」
さっきの俺は熟睡してしまっていたように思うが。 話が全然見えてこない。
「何で寝ると自殺するんだ? 向こうの回収人が殺したんじゃないのか? 大体、恐ろしくて良く見れなかったけど、あれは誰かに刺されたみたいだったぞ」
「すみません、まだ興奮していて。説明します」




