船上の雷1
船上の雷 オゼ
命を削ってるって、どういう意味なんだ。乗客を新しい世界に連れて行く度にあいつは若さを削っていたってことか。
だからあんな風に年寄りに見えるのか。それに、あいつはまた俺たちを助けようとしてくれている。
――あいつにも次の世界に一緒に行って欲しい。
大体、連れて行くのが一人だけとか、そんなルール作ったやつの方がどうかしている。性格が悪すぎる。さっき聞こうとしたんだ。
そのルールを決めた奴は誰かって。
それなのに忌々しい雷の音に会話を遮られた。
回収人が真っ先に部屋の外に飛び出して行ってしまった。おばさんもさっきまでの具合の悪さが嘘の様にその後に続いて部屋を出た。俺もーーと動き出した時、ローヌに強く両肩を掴まれた。
「なんだよ」
「君、かわいそうにーー」
そう言って俺を強く抱いた。苦しい。船の外で雷の落ちる重い音がした。胸の中にきつく閉じ込められて何も見えない。
「かわいそうって何が……」
「君は選ばれてしまう。最後まで残ってしまう。次の世界に連れて行かれてしまう。大切な人がみんなこの世界に残されても」
何言ってるんだこいつ。ローヌの声が涙声に変った。
「ごめんね……」
ああ、何度も何度も雷が落ちている。あいつら今頃、全員で甲板に出ているんだろうか。
「なあ、何でお前が泣くんだよ。俺、どうしたらいいんだよ」
「黙って彼に救われてあげて」
「彼って、俺たちの回収人にか?」
やっとローヌが腕の力を少し緩めてくれた。
「うん……今回、彼には君たち全員を救うだけの力は残ってない。誰かを選ばなきゃならない。救えても君とあと一人か……どっちにしろ、君は選ばれるから、その時は黙って受け入れてあげて欲しい」
「どうして、俺なんだよ。あいつが選ぶとしたらオオミじゃないのか」
そうだよ、あいつの一番のお気に入りはオオミだ。鼻先が触れる近さの空気が揺れて、ローヌが溜息の弱さで言った。
「君は何にもわかっていないよ。僕と彼はーー兄弟みたいなものだから。そう、君の友だちのアオチくんとオオミくんみたいにね。だから今日も彼が心配で船を横につけたんだ。彼に消えて欲しくないから。『もう誰も助けないで』そう言いにきたんだ。でも彼は馬鹿だから、僕の本気なんて届かない。そして僕にはわかるんだ、彼がどうしても誰かを選ばなきゃならなくなった時、君を連れて行くしかないことが」
混乱していた。窓のない部屋に雷の音だけがしつこく響いていて不安が増す。外は本当に雷がなっているのか? 雨が降っているのか? それすら怪しくなるほど、自分を疑っていた。
「俺は、残りたいんだよ。連れて行くなんて言うな。連れて行くならあの二人にしてくれ」
少し頭をずらしてローヌの顔を見上げて言った。こいつ、間近で見ると物凄くきれいな顔をしているな。ずっとにやにやしてたから、こんなに整っているなんて気がつかなかった。
「ごめんね。でも僕が彼でも君を連れて行くしかない。だって君はほんーーだから……」
その時ひと際大きな雷の唸り声がして、良く声が聞こえなかった。俺に聞かせないために響いたようなタイミングだった。
「この話の続きは雨の中で。君にも見逃して欲しくない。明日の君たちが見る光景だよ」




