自推4
ふと、この年齢の子どもに絵の具は早くないだろうか、と考えた。
「マモル、こっちで描くか?」
黄色いペンを差し出してみる。
「うんう、絵の具がいい」
そうか、そんなにアオチの持ち物が良いのか。ペンを握る手に力が籠ってしまう。
「マモルくん、筆を水に浸して使うんだぞ」
アオチが水の入ったコップを片手に洗面所から出てくると、全然マモルと違う方を見て言った。……仕方ない、こいつはこいつなりに頑張ってるんだ。
それにしてもウルウの着せられている長いTシャツみたいなこの服、絵の具でもちゃんと描けるのだろうか。まあ、気が済むようにさせてやろう。
気を取り直してウルウの胸に向かってペンを走らせた。ウルウに凹凸が無いせいか面白いくらいスルスル描ける。
……まずい、さっきオオミに「輪郭を描くから黒いペンを手に取った」、と言ったのに、それだけで終わってしまいそうだ。
「オゼさん、上手ですね。色はないけど」
「お前も上手だな。色もあるし」
オオミのはきれいなピンクのコスモスだ。俺が配分を考えずに胸の真ん中にでかでかと描いてしまったせいで、肩の辺りに申し訳なさげに押しやってしまったのがもったいないほど上手い。
「兄ちゃん、出来た? あ、ミーコだ!」
マモルが背中の方から覗き込んできた。
「こら、まだ完成してないんだ」
笑いながら叱る。オオミが不思議そうに尋ねてきた。
「それ、猫だったんですか? 僕はてっきりーー」
「犬だよ、俺の隣の家で飼っていた。本当はもっと犬らしい名前がついてたんだけど、マモルはミーコって呼んでた。人懐っこい奴でさ。いいじゃないか、犬がミーコでも」
「そうですね、ミーコ犬。いいです」
まるで犬種かのように呟きながらオオミがコスモスの絵に戻る。
俺もほぼ出来上がったミーコを見て考える。あいつは白のもふもふした雑種だったので、黒のペンで輪郭と目と鼻をそれらしく描くだけで完成してしまったが、何か足りない。
そうだ、首輪だ。分厚い夏雲の中に覗く僅かな青空みたいな色のあの首輪だ。急いで青いペンを取った。適当にそこにあっただけのペンなのに記憶そのものの青を発した。
「ミーコ……」
当の昔に死んでしまった犬の名前を呼ぶと、ウルウが優しい目で俺を見返してきた。
「兄ちゃん、僕たちも出来たよ」
「どれ」
青いペンを片手にウルウの背中に回った。
――どっちがマモルの絵だ? おい、アオチ、絵が下手過ぎるだろう。決してマモルのせいじゃない。あいつは幼稚園児の歳にしては上手な方だ。アオチが大人のくせにそのレベルなのが悪いんだ。
「どうだ? 俺も頑張ったよ」
得意気に言うな、ふざけているのか。オオミが笑いを堪えている。
「僕はノンノを描いたの」
「俺は消防車」
おいおい、何で車とインコが同じに見えるんだよ。もしかしてアオチも消防車という名前のインコを飼っていたのか? 色でかろうじて判断した。黄色と緑のがノンノで、赤いのが消防車だ。




