黒い天の川1
「――だからその『鳥と目が合う』ってどういうことだよ。お前の言うのは目の高さに止まっている鳥のことじゃないよな? 空を飛んでいる鳥のことだろ? どうやったら目を合わせられるんだ」
紅茶のカップから口を少しだけ離して、アオチさんが突っ込んでくる。
「上手く説明できないんです。突然、自分と鳥の高度が一緒になるような、そんな感覚です」
「…………」
そうだよな、わかるわけがない。自分だって初めての体験なのだから。
「訳のわからないこと言ってすみません。それでアオチさんの方はどうなんです? あの鳥をどこで見たんですか?」
黒い天の川 アオチ
俺の後輩は病気だ。今、目の前で不安気に目を泳がせている青白い顔を見て改めて思う。
前から情緒不安定だとは思っていたけれど、幻覚まで見るようになったようだ。眠れていないようだし、疲れているんだ。
これから、オゼと三人で故郷に帰る。道中、少しでも休めるといいんだが。とにかく気を付けて話をしないと、もともと繊細なこいつの神経を逆なでしそうだ。
「俺があの鳥を初めて見たのも、お前と同じ夜だよ。俺はまだ会社にいたけどーー」
またオフィスを出るのが最後になってしまった。
少し前に喫煙スペースから出てきたタバコ臭い二人が「鳥がーー」と話していたが、これから食べに行く店の相談くらいに思っていた。
普段、ビルを出た瞬間空を眺める、何てことはしない。
夜空はもちろん昼の空さえいつ見上げたか思い出せない。
その日はビルの前で立ち止まっている複数の人の視線に誘われて上を見たんだ。
「真っ黒だ……」
無意識に声に出していた。夜空に黒い川が流れているような風景が広がっている。
目を凝らすと、それが鳥の群れだとわかった。
冷たい空気を吸い込む。不思議なことに、感じたのは癒しだった。都会の明るい空に惑わされない本当の空を見た気がした。
優しい気持ちで電車に乗った。地下鉄から鳥が見えないのが残念で仕方なかった。
最寄り駅に着くと走って階段を上がり、地上に出た。
――良かった、まだ鳥が飛んでいる。
わざとゆっくり歩く。月がきれいだ。そして、月の下を悠々と渡る鳥がきれいだ。水の流れのような動きをするんだな、と感心する。ここから見ると一つの巨大な生き物――例えば蛇とか竜のように見えるけれど、一羽一羽はどんな顔をしているんだろう。
もっと、下に降りてきてくれないだろうか。朝、起きたらベランダにとまっていてくれたりしたら、良い一日になりそうだ。
あの日はカーテンを全開にして、部屋を真っ暗にし、長い長い鳥の川が去るまで、見守った。その後の数時間は、子どもの時以来、無心で眠った。