梯子1
梯子 オオミ
「何とかあっちに渡ってみる」
アオチさんが走り出した。あっちって、あっちの船のことだよな。
「行ってどうするつもりですか!」
僕も直ぐその後を追った。
「回収人の野郎が首を絞めた奴、今ならまだ助けられるかも知れないだろ!」
正義感って時々馬鹿とイコールだ。あっちの船に転がる死体とか、どう見ても普通の精神状態ではない血まみれの女や、謎の凶器を見てもなお、そっちに自ら近づいて行くなんて。やっぱりアオチさんは一番死に近い。
「馬鹿なんですか! それにどうやって向こうに渡るんです。海に落ちますよ」
それは本当だった。並走する隣の船は近いようでいて、運動神経の良いアオチさんでも飛び移れる距離にはない。
益々回収人さんがどうやって渡ったのか不思議だ。
「馬鹿とはなんだ。あ、あそこに梯子がある」
……なんで梯子なんてあるんだ。何年かぶりに舌打ちをした。
船の外面に梯子らしきものがへばりついていた。
「そんなのどうやって使うんですか? 外し方なんて知らないでしょ」
何とか諦めてくれ。
「おい、お前ら手伝え!」
妙に凛々しい顔で僕とオゼさんに向かって叫んだ。嫌な予感がして振り返ると、さっきまで無関心そうだったカオリさんの口元が微笑んでいた。マモルくんの至ってはニコニコだ。顔に「お兄さん、かっこいい」と書いてある。
死人には馬鹿でも生気に溢れる人が魅力的に映るに違いない。
「もう少し待った方が良くないか。あっちの状況が全くわからない」
オゼさんも動揺しているだろうに、冷静に言う。僕からしたらこっちの方が大人として格好良い。
「そうですよ。ほら、僕もこうして頑張っていますが、この梯子をどう外すかなんて全然わからない……」
そう言ってしゃがみ込み、手すりの間から錆びついた船の外側を手当たり次第に触った。
小さなくぼみに手が引っかかった。中がザラリとして気持ち悪い。次の瞬間ギギギギッと重い物が動く音がしたかと思うと、弾かれたように梯子が空に向けて跳ね上がった。
まずいーーと思った時には、もう梯子は意志を持っているように自ら隣の船の方へ身体を横たえ始めていた。




