生命の匂い1
生命の匂い アオチ
「本当に馬鹿しかいないな、お前ら」
燃え尽きた心臓が入った透明な爆弾――燃料を引き上げ終わったばかりの回収人があきれ顔で言った。
今、その中は俺のエトピリカのくちばしと同じ、美しい赤の液体で満たされている。
「そんな言い方するなよ。こっちは真剣なんだ」
むきになって言い返した。嘘ではない、なにせ文字通り生死がかかっている。
回収人は鎖の絡まった心臓爆弾を一人で引き上げたせいか、多少疲れた様子で壁に寄りかかり、濃い灰色の目で俺を見ている。
初めて会った時のような恐怖はもう感じない。ただ、年寄りの癖にこんなものを機械も使わず一人で引き上げたという事実に驚いていた。こんな腕力で殴られたら、間違えなく死ぬ。
――死ぬのか? 今その前提を確かめに来たところだ。俺たちは既に死んでいるのではないか? もしくは死にかけているのではないか? 既に現実的な世界にいないことはわかっている。これは死人の夢の中なんじゃないか?
それを尋ねた途端、さっきの馬鹿呼ばわりだ。
「見分けがつかねえって言っただろうが、聞いてなかったのか」
「すみません、お邪魔しました。ほら、アオチさん、だから言ったじゃないですか。戻りますよ」
俺の腕を引くオオミを振り払って回収人にさらに一歩近づいた。
「いや、はっきりさせたいんだ。乗せてるあんたがわからなくて、他に誰がわかるっていうんだ。とぼけるなよ」
オオミと回収人が同時に深い溜息をついた。息ピッタリじゃないか、腹が立つな。
「……本当に見た目じゃわかんねえだよ。でも、そこまで言うなら二人ともこっちに来い」
「え? 僕もですか」
せっかくのチャンスなのに嫌そうなオオミの気持ちがわからない。
「やっとその気になったのかよ」
やっぱり区別がつくのに、わざと知らない振りをしていたんだ。
オオミの手を取って並んで回収人の目の前に立った。
「さあ、教えろよ」
そう言った途端、大きな手に頭を捉えられた。
離せよ、と言う間もなく、俺とオオミは回収人の胸の中にいた。
何だこいつ? 俺たちを窒息させるつもりか? 顔が硬い胸に押し付けられて潰れそうだ。オオミ、大丈夫か? 視線の端に捉えたオオミが全然動かない。どうしよう、まさか死んでしまったんじゃないだろうな。助けなきゃ。ん? オオミの表情が穏やかだ。昼寝みたいな顔をしてゆっくり呼吸している。そうか、俺が抵抗するから余計強く押さえつけられるんだ。
少し力を緩めて見た。思った通り脅威だった回収人の手は、ただ頭を包み込む冷たい保護に変った。ひとまず安心して息を吸う。
――なんだ、このオゾンノートみたいな涼やかな匂い。
しっかりしろ、何じいさんの匂いにうっとりしているんだ俺は。オオミに笑われる、そう思って横を見るとオオミは自分から回収人の胸に顔をもたれかけ恍惚の表情をしていた。
おい、しっかりしろよ! そう思った時、回収人がやっと何かつぶやいた。「……てるな」




