追う鳥4
二日前の夜、帰宅途中に鳥と目が合ってからだ。そう、その時は駄洒落でもなく、鳥肌が立った。何の根拠もなく「連れて行かれる」そんな考えが頭に浮かび、逃げるように青になった信号を渡ってアパートへ小走りで帰った。
その時、初めて鳥に追われる、という経験をした。その鳥は明らかに僕を追って飛んでいた。夜の舗装道路に出来るはずのない鳥の影が浮かんで、それを感じる。嘘だろ? もう今日は本当についてない。心臓がどくどくする。コンビニのビニール袋をカサカサさせながら、駆け出しそうな勢いで裏道を歩く。走ったりしたら、鳥の狩猟本能のスイッチを入れてしまいそうで怖かった。
やっと自分の部屋のドアを閉めた時には、冬だと言うのにどっぷり汗をかいていた。
何だったんだ……マフラーを乱暴に外して、買ってきたばかりの水を飲みほした。椅子に座り、眼鏡を外して無駄にごしごし拭く。
鳥は好きなのに、こんなに怖いと思ってしまったことに罪悪感が湧いた。とにかく今日は早く寝て、あの鳥のことは忘れよう、そう思い、食事もそこそこに温かいシャワーを浴びた。顔を洗う時とシャンプーを流す時は目をつぶるのが怖かったので、手早く済ませ過ぎてちゃんと濯げていなかった気がする。とにかく普段よりずっと早く布団にくるまった。
一度電気を消したものの、暗闇が怖くなってまたつけて横になった。
―ー何だ、この声。眠りにつきかけた時、夜が泣いているような声が耳元で聞こえた。……いや、耳元じゃない、これは外から聞こえてくるんだ。意識が夢との狭間にあって音の出どころを探し当てるのに時間がかかった。
狭い部屋を、二度ほどよろけてやっと窓辺に立つ。
手の甲で、少しだけカーテンを押し上げてみる。
「え……」
空に鳥が飛んでいる。言葉にすると当たり前だが、都会の夜の空を、群れを成して一方向に無数の鳥が飛んでいる様は異様だった。泣いてるように聞こえたのが、実際は鳴き声ではなく、翼の音だった、ということにもぞっとした。
飛ぶ時にこんな音したっけ? 仮にそうだとして、この距離で、しかも窓越しにこんなにはっきりと聞こえてくることなんてあり得るのか?
駄目だ、部屋が明るすぎて外が良く見えない。電気を消そう。
そう思った瞬間、明かりの方が勝手に消えた。
「うわあ」
間抜けな声を出してしまう。見ると、外灯や周囲のマンションの廊下の明かりも消えている。
何だ停電か……ってこんなにタイミング良く停電になるか?
とにかく、さっきよりはっきりと鳥の群れが見えた。
本当に見なければ良かった。
――鳥が、全部僕の方を見ていた。
このせいで僕は今日までずっと不眠だ。
その後はカーテンを隙間なく閉じ、意味がないとは思いつつ、玄関のロックまで確認して、毛布をかぶった。
毛布の中で、「鳥」「目が合う」「群れ」とかをネットで検索した。
意外でも何でもない、やっぱり全国で同じ様な鳥の群れを見た人が動画をあげていた。どうせ眠れないので、動画を一通り確認したあとはそれに付随するコメントもくまなく読んだ。読み飛ばしてしまったかと思い何度も目を通した。
でもやっぱりそこに「鳥と目が合った」なんてコメントは一つもなかった。
夢中で画面に見入っていて、気がついた時には、あの夜を泣かせる鳥の羽音も消えていた。
また、目が悪くなった気がした。
完全に変な覚醒状態のまま、久しぶりに朝、テレビをつけた。
新種の渡り鳥か何かだろうか。野鳥の専門家などが納得できる解説をしてくれていないだろうか。
出勤時間ぎりぎりまで見続けたが、結果、何一つ腑に落ちる解説は聞けなかった。