燃える心臓2
「間もなく昼ごはんだから、少しだぞ」
回収人さんがジャガイモのスティックみたいなおやつとコーヒー牛乳を、広いブリッジの奥の棚から持って来てマモルくんに渡す。
驚いたことにその後、僕らの分の温かいコーヒーもトレイに乗せて持ってきてくれた。こいつ本当にいい人みたいだ。
マモルくんが自分の隣をパフパフ叩いてオゼさんを見上げた。
オゼさんが尻尾があったら振りまくってそうな顔で素直に横に座る。実際、細身で上品な毛並みの洋犬に見えた。
座るなり、マモルくんのコーヒー牛乳のパックにストローを刺してやっている。甘やかし過ぎではないだろか。
僕はマモルくんの、アオチさんはオゼさんの向いに座った。
「アオチさん、聞いて良いですか」
「なんだ」
死人の見えないアオチさんの方が聞きたいことがたくさんあるだろうに、そんな事を感じさせない声だ。
「アオチさんにはコーヒー牛乳のパックが浮いて見えているんですか?」
「ん? どういう意味だ? もしかして、そのーーマモルくんが今コーヒー牛乳を持っているとかか? そうだな、それも見えないんだ。死人に属したと同時に見えなくなるみたいだ。テーブルに置かれている時は確かに見えていたから」
マモルくんがストローを咥えたまま下を向いてしまった。
「アオチ、あんまり見えない見えない言うなよ。嫌なやつだな」
「え……ああ」
完全にオゼさんの八つ当たりだ。険悪な空気になりそうなので話を変える。
「おばさんもこの船に乗っているってことはいずれ会えますね。良かったですね、オゼさん」
あれ、オゼさんが完全に固まってしまった。静止画のように動かない。結構純情な人だったんだな。
「あ、あれを見て。何か燃えてるよ」
マモルくんが沈黙を破ってくれた。その視線の先の海面に、ゆらゆら燃える炎があった。
きれいだが悲しい赤だ。良く見たい。そう思って立ち上がった時、回収人さんが出会ってから一番優しい声で言った。
「燃える心臓だ。見たいのはわかるが、窓越しにしろよ。外は危険だから、出てはいけない」
「危険ってどいう事だ?」
アオチさんも立ち上がりながら尋ねる。死人は見えなくても燃える心臓は見えるんだな。
「心臓自体に何も害はない。ただ、さっきも話した通り、心臓を狙ってくる腹を空かした鳥がいる。そいつらが獲物を狙う時は酷く凶暴になるから注意しないといけない。なに、これから浮いてくる心臓は俺が全部回収するから安心しろ、あいつらが現れる前にな。ただ、用心に越したことはないだろ。俺はお前らと違って慎重なんだ」
「わかりました。ブリッジの窓に貼りついて見ています」
今度は出会ってから一番優しい笑みで回収人さんが言った。
「ここからじゃ俺の仕事ぶりを見せてやれない。俺の部屋の窓の方がいい眺めだぞ」




