重なる心臓1
重なる心臓 オオミ
オゼさんの言葉に重なるように銃声が響いた。
本当の銃声など聞いたことがないけれど、そうだとわかった。
顔を見合わせると、最初に立ち上がったのはアオチさんだった。
「お前、ここにいろ」
「嫌ですよ」
結局三人同時に食堂の出口に走って向かった。
「外で聞こえたよな?」
「ああ」
アオチさんとオゼさんが冷静に話ながら甲板に向かう後ろを追う。鼓動が早くなっているのを感じる。でもこの興奮は、恐怖じゃない。何かとても良いことが起きる前の期待だ。
甲板に出る狭い階段を登り切ると、冷たい空気が心地よく気道を通った。食べた物が身体を変えるなら、吸った空気は心を変える。
先に外に出た二人の視線の先には想像通り、回収人の姿があった。その手には銃――ってあれ銃なのか?
アオチさんもオゼさんも同じことを思っているはずだ。困惑のあまり、どこから突っ込むか決めかねずにいる。
オゼさんが年上らしく、先にゆっくり口を開いた。
「何……やってんだ」
考える時間が長かったわりに物凄いシンプルな質問だ。
「ん?」
回収人がきょとんとしてこちらを見た。何を答えて良いのかわからないみたいだ。僕がしっかりしないと。
「何を撃ったんですか」
何だ、そんな事かといった表情で回収人が答えた。
「鳥だ。他に何かあるか」
「鳥をーー殺したんですか」
「殺し損ねた。でも追い払ったから大丈夫だ」
鳥は怖いけど、殺して欲しいとまでは思っていない。僕にとっては良いニュースだが、先輩たちの反応は気がかりだ。
「止めろよ、鳥が何をしたっていうんだ」
「殺したら掴めなじゃないか」
二人が同時に叫んだ。回収人は片手を挙げて、はいはいと言った表情を浮かべている。たぶん、まともに聞いていない。
冬の晴れた日特有の氷のような風が吹いて、回収人の銀色の髪がなびいた。
「手に持っているのは銃ですか」
「そうだ。鳥を撃つためだけのな」
さらりと言われたが、やっぱり気になる。
「……銃っぽくない形ですよね」
「そうか? 俺はこれしか持っていないから」
まじまじとその銃を見た。全てが鈍い銀色だ。色もそうだが、形がおかしい。どう見ても弓の形をしている。いて座のマークの半分動物みたいなあれが持っているやつによく似ている。
「あなたが造ったんですか?」
僕の問いには答えず、回収人がニヤリと笑った。
「お前と会うのは今日が初めてじゃないよな」
二人には僕から伝えたかったのに、こいつ不気味なだけじゃなく、意地悪だ。もう開き直ろう。
「あなた、やっぱりガリバーですか」
「何言ってんだかわかんねえよ」
こいつ、ガリバーも読んだことがないのか。年ばっかり取っていいそうで一般教養がないのかな。
「何であの時はーーあんな路地に倒れてたんですか。どうやって死んだんですか。それよりどうやって生き返ったんですか」
「質問が多いぞ。お前こそ何で俺を置き去りにした」
オゼさんが僕たちの会話に割って入ってきた。
「待てよ、お前ら知り合いだったのか?」
オゼさんの長い前髪も、海の風で揺れてきれいな目がちらついた。もう少し前髪を短くすれば良いのに。
「こいつが思い出すまで待ってたんだ。知り合いというか、以前死にかけていたところ、薄情なこいつに見て見ぬふりをされた。それだけの関係だ」
待てよ、これじゃ僕が悪者じゃないか。死んでいたんじゃないのか? もしかして、何年も根に持っていて復讐をしにきたのか?
どうしよう、怖くなってきた。その個性的な銃の狙いだって、鳥はカモフラージュで僕が本命なんじゃないか。
「お前、生きてるのか死んでるのか、どっちなんだ」
オゼさんが考え過ぎて言葉が出ない僕の横で、これまでも、これからも絶対使わないような質問を平気で本人に投げかけた。
「生きてるよ。お前ら、揃いもそろって本当に失礼だな。それより、もっと驚くことを教えてやろうか」
「もったいつけないで言えよ」
オゼさんは静かだけどいつも強気だ。
「この船はお前らが乗ろうとしていたものとは違うぞ」




