スーパーマーケットの死人3
そのおばさんの顔が見えて、自分でも情けないことに顔がほころんだ。いつも目が合うとおばさんの方から声をかけてくれるのに、この時は初めて見る悲しい目をした。
何かあったのだろうか? 近寄ろうと足を一歩前に踏み出した時、小さな手にシャツの裾を掴まれた。
「マモル」
当時俺に懐いていた幼稚園児だ。迷子になったか? そんなに広くない店だ一緒に親を探してやろう。何だよ、目に涙を溜めている。
「誰と来た? 兄ちゃんが一緒に探してやるから大丈夫だ」
親同士が仲が良かったせいで、マモルのことは赤ん坊の時から知っている。正直、初めて赤ん坊のマモルを見た時は異星人のようでかわいいとは思えなかった。
ところがどうだろう、成長するにつれ、その印象が変ってきた。特に言葉を理解するようになってからは。
心臓の病気だかで良く幼稚園を休んでいたマモルは、しょっちゅう俺の家に遊びに来た。たまに相手をするのが面倒臭くなることもあったが、小さな靴でとことこ一生懸命歩いてきたのかと思うと「帰れよ」とは言えなかった。
友だちのいない分、本をたくさん読んでいた俺は、マモルにいつも知ったばかりの物語を聞かせてやった。
外で遊べないマモルはどんな話でも目をキラキラさせて聞いた。こんなことは同級生の間では起こり得ないことだ。弟がいるやつはいつもこんな感覚を味わっているのか。心底うらやましいと思った。
俺は得意になって更に本を読み漁った。何ならマモルに聞かせる話を探すために読んでいたふしもある。
一人っ子のマモルは俺のことを「兄ちゃん」と呼んだ。それも俺の心をくすぐった。
そのマモルが今、何も言わずに俺の服の裾をつかんで離さない。
「なあ、なんとか言えよ」
しゃがみこんで、小さな手を取った瞬間ドクンと心臓が鳴った。
――なんだ、この冷たさ。
「兄ちゃん」
マモルがやっと口を開いた。
「なんだ? 具合悪いのか?」
心配で仕方がない。
「兄ちゃん、鳥を掴まえて」
「ん? 鳥ってノンノのことか? 逃がしちゃったのか? わかった、探してやるよ」
マモルが飼っている黄色の羽がきれいなセキセイインコのことだと思った。良く籠から出して遊んでいたから、外に逃がしてしまったのかも知れない。
「ノンノは僕といるから大丈夫」
「――じゃあどの鳥だよ」
幼いからってもう少しわかりやすく伝えられるだろ、そう思ってさらにマモルを問い詰めようとした時だった。肩にまた、驚くほど冷たい手が触れた。冷たすぎてそれが手と認識するまで少し時間がかかった。驚きで何も言えない俺の代わりに、手の持ち主の方が先に声を出した。
「鳥を掴まえて」
「おばさん……何の話ですか」
おばさんが俺を悲しい顔で見つめていた。俺の問いには答えず、おばさんはマモルの手を取った。そして俺に背を向けて、また果物の棚の方へするすると歩いて行く。
「マモル! おばさん!」
二人を追いかけて走り出した時、誰かが床に置きっぱなしにしていた使いかけの買い物かごに足をぶつけた。痛っ! 次の瞬間、自分の家の居間で目が覚めめた。




