スーパーマーケットの死人2
五月の始めだったと思う。もしかしたら四月の終わりかも知れない。家の二階の窓から一本だけ見える桜が咲いていたから。
俺たちの町はではそれくらいの時期が見ごろだった。
とにかくその日は連休真っただ中の何もすることが無い午後で、眠りに丁度良い午後の日差しが部屋に差し込んでいた。
連休中に何もすることのない可哀想な子どもーーではなく、俺はその時、少し前にひいた風邪の治りかけで、酷くぼんやりして横になっていた。
いや、可哀想な子どもだったかも知れない。自分が忘れようとして忘れただけで。体調が良くても遠出の予定もなかったし、友だちらしい友だちもいなかった。
良く話すクラスメイト程度はいたけれど、そいつらには別の親友や他につるむグループがあった。
こんなのはあれから二十年間ずっと変わりない俺の日常だけれど。俺の独りぼっちエピソードはいくらでも語れるが、今は関係ないので省略する。
とにかく、仰向けになり、ひたすら窓の外の桜の花びらを目で追っていた。そのうち自分も宙に漂う感覚が広がって、だんだん瞼が重くなり、完全に花びらと同化した。
あっーーもうすぐ地面に落ちてしまう。物凄く現実的にそう思った。そんなはずはない。俺は今、背中全部を床につけて寝ころんでいるんだ。これ以上どこに落ちるというんだ。
無意識に足をついた。
――え? どういうことだ?
ウツラウツラしていた重い瞼をこじ開けた。視界に膜がかかったように白く、濁って見える。まばたきをする度にやっとはっきりしてきた景色に見覚えがあった。ここ、スーパーじゃないか。
子どもの頃、母親としょっちゅう訪れていた近所のスーパーマーケットだ。間違えない。野菜の積まれた棚の配置でわかる。
それは良いが、どしてこんな所にいるんだろう。瞬間移動の能力が急に目覚めたのだろうか。漫画や映画でそんな登場人物に憧れて、自分にも同じ能力があったらな、と妄想したことは何回もある。
だがーー実際自分がそういう体験をしてみると、想像と違って気持ちが悪い。
何と言うか、自分の中に何か異物があるようだ。手を突っ込んで取り出したい衝動に駆られる。
しばらく胸を押さえて突っ立っていたが、少し気持ち悪さに慣れてきたので、周囲を見渡してみる。
空いた店内に見たことのある顔が幾つかあった。狭い町だから当然のことだが。ふと、名前も知らない柑橘系の果物を手に取っていた人がこちらを見た。向かいのアパートに住むおばさんだ。
俺はこのおばさんが好きだった。恋愛対象ではなく、この人が母さんだったら良いなと思っていた。
本物の母さんはおばさんを良く思っていないようだったが。
おばさんは都会の会社に勤める人で、稼働し始めたばかりの俺の町の支社に出向で来ていた。結婚はしているが子どもはおらず、都会に住む旦那さんには長期休みに会いに行く程度だ、と噂で聞いた。
「旦那さんを一人にしてまで仕事に打ち込むなんてーー」
近所の母親たちが立ち話をしているのを聞いたことが何度かあるが、その度にその輪の中の誰よりも、おばさんの方がきれいで活き活きしていると思った。
今、自分もこの年になってみると母の態度も理解できる。おばさんは社会に自分の居場所があり、家族ではない他人から頼りにされているという自信があった。身なりもここら辺の大人とは違った。
いくら田舎だからといって、俺の町にもそれなりに美人はいたが、なんというか、おばさんは洗練されていた。髪型も服装も表情も都会の人の余裕があった。
だから当時の俺にはただ田舎の女たちの嫉妬にしか見えなかったんだ。




