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鳥に救われる2

 気がついたら空はもう半分藍色になっていた。こんな時間まで夢中になっていたことなんかそれまでなかった。いつも山の方が、そろそろ戻れと教えてくれていた。

 急に不安が腹から広がって、居てもたってもいられなくなる。

 知らないうちに走り出していた。何に追われているわけでもないのに、後ろを振り向いてはいけないような気がした。

 慣れ親しんだ山の中で、こんな気持ちになるなんて信じられない。周囲を確認もせず、とにかく走り出した。

 薄暗い山道の中、何度も雪や氷で滑っては転んだが、痛みを感じる余裕もなかった。

 優しいと思っていた大人の暗い瞳を見た時のように、見慣れた木々が、雪が、空が表情を変えて俺に覆いかぶさってくる。

 急に血の気が引くひんやりした感覚が背筋を通り抜け、足元がほんの一瞬浮いた。シャリシャリした雪で傾斜に全く気が付かなかった。右半身を下にして数メートル落ちた。

 ……もしかしたらそんなに長くはなかったかも知れないけれど、永遠に落ちて行く感覚がした。 

 実はこの年齢になるまで、あの傾斜にこすりつけた右半身ばかり怪我をしている。体育祭で骨折したのも右足、ドッジボールでヒビが入ったのは右腕、サッカーで転倒して頭を打った時だって。あの時の雪に呪われたのだ、と本気で信じている。

 下まで滑り落ちた時、痛みに悶える前に野生動物のように上体を起こした。周囲があまりに異様だったからだ。

 幻覚でなければ、あの時の雪の色はおかしかった。

 赤く染まる雪。俺の血が飛び散っていたわけじゃない。そんな、ありふれた――と言ってはおかしいが、現実にあり得る風景ではなかった。

 雪自体が発光していた。そう、血の色は外からのものではなく、雪の内側に蠢いていた。心臓の動きのように規則的に濃淡を変えるそれを見て確信した。――雪は生きている。薄々知っていたけれど、こんなに生々しく生きている姿を見せられるとは予想もしていなかった。

 いつも冷たい感触のその奥に意志を感じていた。気がついてしまった俺を連れ去ろうとして機会をうかがっていたんだ。


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