消える死体2
――顔を覗き込んだ。
路地の家と家の隙間から光が刺し、男の人の顔をよりはっきりと僕に見せつけた。
その瞬間からの記憶がほとんど抜け落ちている。しっかり顔を見たはずなのに、その部分だけモザイクがかかったように思い出せない。
気が付いたら家でタオルケットにくるまって身体を小さくして震えていた。母から声をかけられタオルケットから顔を出した時には窓の外はもう薄暗かった。僕の寝汗と顔色の悪さに驚いた母は夏風邪を疑ったが、熱がないことを知ると「何があったの」と問い詰めてきた。
全ての子どもがそうか知らないが、少なくとも当時の僕は本当に恐ろしい事が起きると、それを現実として受け入れるのを拒絶した。
あれは夢だったんだ。僕は午後ずっと昼寝をしていた。そう自分に言い聞かせ、首を横に振った時だ、「こんばんはー」と陽気な声が玄関の方から響いた。
今日、まさに僕が訪ねようとしていた家のおばさんの声だ。
自分の住む場所の目と鼻の先にあんなモノがあったとは思えないほど能天気な口調で母と話しているのが聞こえた。
香水がどうのこうのと言っている。慌てて跳ね起きて、壁に耳を当てた。「高そうな香水の瓶が落ちていて。男性用だったし、この辺でそんなおしゃれな男の人はあまりいないから」とか言っている。確かにそれも落ちていただろうが、それより強烈なモノが転がっていただろ。このおばさん、頭がおかしいんじゃないか。本気でそう思った。
おばさんが「ごめんください」とかなんとか明るく言ってドアが閉じると、母がこちらに向かってくる足音がした。急いで寝たふりに戻る。
「あんた空の香水の瓶なんか路地に置きっぱなしにしてきたの? 変な子」
特にそれ以上突っ込まずに「あと三十分したら夕食だから」とだけ言って出て行ってくれたことだけが救いだった。
――僕の見た死人はどこに行ったの? 誰かが救急車とかパトカーを呼んで連れて行ったのかな。手遅れだと思うけれど。何故かわからないけれど、完全に死んでいると思ったから。
突然嫌な考えが頭をよぎり、背筋が寒くなった。
――まさか、生き返ったんじゃないか?ーー




