それぞれの苦痛4
オオミが大きく息を吸った。小声でも興奮して話しているので、さっきからあまり息継ぎをしていない。
「いえ、違います」
「え? 違うのか」
「その時はまだ皆、傷だらけだけど生きていたんです。無言ちゃんと同じく自分の右の掌に伸びた刃物から必死に逃げていました。でも、そこで無言ちゃんは自分のそれと、皆の物が少し違うことに気がつきます。皆の物は自分のより明らかに長く、伸び続けているように見えたんです。そう、だから彼らは船室からより広い場所を求めてデッキに出たんです。長くなるだけなら、逃げ回る必要も無いように思えますが、それが出来ない理由もありました。刃物は不定期に伸びる方向を変えるんですーー。そう、今、掌から伸びている刃物は数十秒後には手の甲側からだったり、指先からだって伸びてくるんです。方向も垂直だったり、斜めだったり様々です」
映画でそんな感じの異星人を見たことがあるような無いような。
甲板に倒れていた死体を思い出し、改めて生々しい恐怖を感じた。
「いつ自分が刃物に貫かれるかわからないって事か……。それに助けに近寄った人さえ……」
「そうなんです。迂闊に近づくこともできないんです。無言ちゃんは自分の刀を使って、親友を助けようとしました。意図せず自分に向けられる刃を刀で受けて、親友を傷つけようとする刃もまた刀で封じて頑張りました。それでも親友の手から伸びる刃は強く、少しずつ親友を刺し、切り裂いていったそうです。親友が息絶えた頃には自分自身も血を浴びて真っ赤だったと。死んだ親友を呆然と見下していた時、周囲がやけに静かだとやっと気がつきます。いとこと先生はもう血まみれでピクリとも動いていませんでした」
「……それと、寝ちゃいけないことはどう関係あるんだ」
俺もそうなるところだったんだろうか。右手をじっと眺める。
「その場に座り込んだ無言ちゃんに、ローヌさんが言ったそうです。『僕には止めることができなかった。あの人たちはぐっすり眠ってしまったから』って。無言ちゃんの場合、実際に意識がないほど眠っていた時間は五分もなかったようなので、助かったんですね。そして、時間と共に右手から伸びた刃物もだんだんと縮んでいったんです。これが、僕が無言ちゃんから聞いた全部です」
そう言うと、オオミは乾いた咳をした。雷雨の中、長時間外にいたから風邪をひいたのかも知れない。 さっきまでウルウ使っていたタオルケットを肩にかけてやる。
「あ、ありがとうございます」
控えめな咳を片手で押さえながらオオミが言う。それが治まるのを待って疑問を口にした。
「無言ちゃんはどうしてお前だけにその事を話したんだ?」




