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果てを渡る風  作者: 宇野六星
第2章 預かり子
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2.不肖の御令息

* * *


 親父殿は、先日フィニーク連邦総督に就任した。ここ数年は評議会の一員だったが、前任者の任期満了に伴い後継として選ばれた。事業は順調で最高の地位も得て、ユーシェッド家はこの上なく順風満帆だ。これも、姉上を天上の主から預かってるご利益(りやく)なのかもしれねえな。


 宴の客は続々と集まり、広間で談笑したり中庭をそぞろ歩いたりしていた。広間の隅で楽士たちが音合わせしているのが時々聞こえた。


 おれは体を拭いて髪から砂を落とし、さっぱりした服に着替えた。今日は息子の一人として顔見世しなきゃならない。兄どもはとっくに仕事についてて今日の客たちにも馴染みが多いだろうが、おれはこういう形で人前に出るのは初めてだ。親父殿は、上の二人ほどにはおれを自慢に思っちゃいないだろうが、わざわざ恥をかかすような真似もしたくねえ。穏便に行こう。


 フィニーク連邦は六つの民族が寄り集まってできている。交易都市オリフォンテを中心に、それぞれの民族で固まった都市国家や中継点の街が点在している。どの民族もいくつかの街とその周辺を勢力範囲としているが、国境と呼ぶほどの明確な境はない。


 連邦旗が六枚花弁であることから、成立当時の威勢に基づきオリフォンテから順に「一花」「二花」と通称するようになった。と言ってもそれはあくまで手短に呼びたいときだけで、本来の国名をスルーするのは、とくに改まった場では無礼になる。誰だって、自分のルーツは誇りに思うもんだ。


 広間に散らばる連邦諸国のお偉いさんらしき人々を眺めながら、おれはその国名を頭の中で復習した。


 一花、オリフォンテ。国はほぼこの交易都市のみだが、経済力も人口も他の街三つ分くらいに匹敵する。連邦の富を生み出す商人の街で、連邦成立の功労からどこも頭が上がらない。


 二花、高地の民。北西に広がる森林地帯を背後に抱えていて、材木や穀物を供給するための港を持っている。


 三花、蜜蜂の民。名の通り養蜂が盛んだが、特産品は他にもある。今日みたいな宴では必ず三花の踊り子が呼ばれる。享楽が彼らの売り物だ。


 四花、赤岩の民。南西で遊牧しながら暮らしている。絨毯などの織物を産出している。


 五花、ジャハルヤールの民。彼らの始祖が民の名だ。四花との間に砂漠があるが、オアシスや交易の街をいくつも押さえ、最近は三花に迫る勢力だ。


 六花、島人。近海の諸島に点在する民。漁業や珊瑚・真珠の加工が主な産業だ。おれの乗り組んだ商船は彼らともしょっちゅう取り引きしていた。


 連邦だけでなく、海を隔てて交易している国々の外交官も招かれているようだ。東の大陸の人々か。暑苦しそうな服を頑張って着ているな。


 宴が始まった。絨毯の上に料理や果物の大皿が並べられ、皆座して飲み食いしている。踊り子の一団は広間の真ん中で舞を披露すると、適当に客たちの間に(はべ)った。主要な客たちは親父殿の前に来て祝いの言葉を述べ、その後兄どもやおれに挨拶していく。


「お初にお目にかかります。私はガレンドールの外交官、クロウリーといいます。ユーシェッド殿の御三男様ですね。どうぞよろしく」


 金髪白肌のおっさんがおれの前に膝を付き、自己紹介した。


「サイードだ」


 会釈して簡潔に名乗ると、横からシャヤールに肘で突かれた。


「です。よろしく…っス」

「サイード君はおいくつになられますかな?」

「十五っす」

「ほう、そうですか。今はどのようにお過ごしなのですか? 勉学ですか、それとも…」


 クロウリーは、にこにこと愛想よく聞いてきた。


「ああ、家業の手伝いみたいなもんを…叔父の隊商に同行したり、家の所有する商船に乗り組んだり」

「なるほどなるほど。将来ご家業を支えるために、たゆまず研鑽を積まれているのですな。いやご立派です」


 け、けんさん? そういう言い方もあるのか。えらい褒めちぎるな。


「さすがユーシェッド殿のとっておきのご愛息ですな」


 ご!? 今何つった? ご、ごあい…??


 そんな単語をおれに向けて使われると、妙に居心地悪いぜ。


「いや、んなことはないです。いつもせわしなく勝手にほっつき歩いてると言われてばっかりなんで」

「いやいや、あなたには非常に期待してらっしゃるのでしょう。お父上は時おりあなたの話題が出ると、口では謙遜されますが誇らしげなお顔つきになりますよ」


 んなわけねえと思うがな。こいつ、話盛ってないか。


「十五と言えば我が国ではまだ身も心も未熟な学生です。あなたは同じ年でもう豊かな経験を積んでいらっしゃる」


 ん、そりゃまあ早く大人になりてえからな。


「学生って?」

「おお、フィニークでは家内教育が基本なので学校というものはありませんでしたな。ガレンドールや近隣諸国では、若者は一定の年齢になると集まって数年間学問を修める仕組みになっています」

「十五だとまだ勉強中ってわけか」

「はい。そして十八歳で成人です」


 十八になるまで一人前扱いされないのか。結構遅いな。フィニークじゃあ何歳で成人という決まりはないが、大体十六歳前後で親戚で集まって区切りの一献(いっこん)を受ける習わしだ。

 よその風習って、うちとは全然違ってるとこが面白いよな。それを発見できるのが面白い。だから旅は面白い。


「ガレンドールはどんなところだろうな。うちでも交易船を出してるが、おれ自身は行ったことがないんだ」


 クロウリーを見ていると、風貌も文化も価値観も、何から何まで違っていそうだ。


「それならば、一度見聞を広めにご来訪されてはいかがですかな? 新総督のご令息とあれば歓迎しますとも!」


 そう言って握手すると、クロウリーは立ち上がって去った。

 シャヤールをちらっと見ると、そっぽを向いて別の客と話してる。衆目の前で陰険を働く気はなさそうだ。

 それにしても『ご愛息』にはびっくりしたぜ。社交辞令にもほどがある。


 ……「非常に期待してる」って、本当かな。親父殿はおれには関心がないんだと思ってたけどな。

2024/8/11 修正(+69字)

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