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果てを渡る風  作者: 宇野六星
第1章 オリフォンテ
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6.地平線

* * *


 隊商は、連邦の内陸側の国をいくつか通過する北回りのルートを取った。真っ直ぐ西へ向かい、連邦の端までいったら北の地方を回り、数カ月後に都市(オリフォンテ)に戻る。数台の荷馬車と生活用の箱馬車(ワゴン)、護衛の騎乗する数頭の馬で構成され、護衛を入れても二十人未満の比較的小規模な編成だった。

 南回りだとラクダを使うようだが、子どもにはちょいと過酷だからとこっちになったようだ。それでも平地は木立が少なく、序盤は日差しがきつかった。ばたばたと吹き抜ける風は乾いていて熱く、確かに船の旅とは違った。


 馬車の旅になった理由は他にもあって、ワゴンで暮らしながら旅するのが本来のオリフォンテのあり方なんだそうだ。

 ワゴンは御者台の後ろに扉があり、扉の上半分は窓としても開閉できた。中に入るとベンチみたいに小さな寝台やテーブルがわりの物入れが絶妙にコンパクトに配置されていた。たったこれだけで生活の用が足りるなんて不思議だ。ユーシェッドの屋敷がどんだけ贅沢に空間を使っていたか思い知った。


 通過したいくつかの隊商宿は商人の寄り合い所みたいになってて、そこで品物を卸して取引相手からまた荷受けしたりしていた。道程の合間に立ち寄る集落でも、多少の日用品を売りさばいたり生産物を仕入れたりした。


 野営が続くような土地では、山賊に見つからないよう護衛が神経を尖らせた。何より出会わないことが肝要だと、痕跡や連中の合図の見分け方を教わった。遠くで何かがきらっと光ったり、変な土埃が上がってたりしたら危ないらしい。幸い、初めての旅ではそういうことはなかった。


 旅の半ば、折り返し地点となる西端の集落にたどり着いた。これより手前にもっと町らしい町があったのに、オーランは「寄り道だ」と言ってわざわざ足を伸ばした。

 ここより西にも集落なり国なりがあるかはわからなかった。フィニークの地図もここから先は記されてない。景色としても茫漠としていて道など見えず、地平線の先にかすかにうっすらとした稜線が見える程度だった。


 まさかあそこが西の果てってわけじゃないだろう。都市(まち)からひと月そこそこだしな。そんな近所にあったら、この世界はめっぽう狭いってことになる。


 小屋がいくつか固まっているところへ近づいてみると、実はそれは小屋じゃなかった。放棄された隊商宿の跡に、いくつかの馬車が停まって集落らしい一画を作っていたのだった。


「ここは…?」


 おれの問いに、オーランはうなずいて答えた。


「この地方を歩くオリフォンテの一団(バンド)だ。彼らは、フィニークで最もオリフォンテらしい暮らしを守っている。いつも移動しているが、この時期はこの跡地に逗留しているんだ」


 じゃあ待ち合わせたようなもんか。


 彼らは、伝統派のオリフォンテと呼ばれていた。格好も、まとう雰囲気もおれたちとは違っていた。


 男は足元までだぶだぶのズボンをはいて幅広の腰帯を巻き、襟のある緩めのシャツとチョッキを来ていた。頭には頭布(ターバン)でなくフェルトの帽子を被っていた。何人かはパイプをくわえてる。

 女はくるぶしが見える丈のスカートにエプロンを付け、上半身は服の上からショールで胸や腹を覆っていた。髪は真ん中で分けて鮮やかな色の布を被り、それぞれ工夫を凝らした結び方をしていた。

 都市(まち)育ちのおれには初めて見る格好だった。


 この集団には、大人ばかりで子どもはいなかった。大抵の集落では、隊商が集落に近づいていくと子どもが珍しがって駆け寄ってきてそれが呼び水になったもんだったが、ここではそういう盛り上がりはなかった。


 オーランは、とあるワゴンの前に腰掛けている白髪白ひげの爺さんのところに行って何やら挨拶した。たぶんあれがこの一団のリーダーなんだろう。互いに腕や肩を叩きあうと、二人してこっちに戻ってきた。

 それからおれたちは、隊商の馬車も集落に加わるように配置して、馬を外して休ませたり荷を少しほどいて店を広げたりした。

 人々は、おれたちには関心がないように見えた。愛想がないわけじゃないが、無口だし声をかけなければ寄ってくることもない。だが夜はおれたちとみんな入り混じって食事をしたので、実はちゃんと歓迎されていたんだとわかった。


 彼らは、余興に踊りを披露した。弦楽器と歌に合わせて、男女の踊り手が足を踏み鳴らしたり手や腿を打ち鳴らしたりしながらひらひらと舞う、見たことない踊りだ。けど独特な音色と靴がリズムを刻みつけるのを聞いていると、何かが胸に叩き込まれて変な気持ちになる。


「こんな感じの歌は、屋敷で聞いたことがあるな。でも踊りもあったんだな」

「そうだな。我らの民の伝統的な歌の一つだ。踊りの方は都市(まち)ではすっかり流行らなくなったが、歌は残っているな」


 踊り手が両手をくるくると高く差し伸べると、かがり火の火の粉が追うように舞い上がって夜空に消えていった。何だか不思議な気分だ。


 どこかいたたまれなくて、おれは立ち上がって「集落」のはずれに行った。

 かがり火の明かりが届かないところまで行くと、次第に星明かりに慣れて何となく天地の境目も見分けられるようになってきた。

 広々としたところに一人っきりでいると思うと、やっと落ち着いた。


 ふと姉上を思い出した。


 姉上は、こんな景色も、ああいった踊りも知らないんだ。

 今まで通り過ぎてきた道の景色も、よその民の暮らしも。


 おれはオーランの預かり期間が過ぎたら、また馴染みの商船に乗せてもらうかもしれない。あの船で行く島々も水平線も、姉上は見たことないんだ。


 気の毒だな。

 いつかそれらを見れる日が来るんだろうか。お務めとやらのために、屋敷を出れたら。


 「お務めを果たす」って、一体何をすんだろうな。まさか自分を犠牲にするようなことじゃないだろうな。何をしゃべっても人ごとみたいな顔をして、家の運気がどうこう言ってるけど、肝心の自分の運命についてはどう考えてんだ?

 特別な娘だって言われて、あんなところに閉じ込められて、あそこから出れてもまだ何か義務を負わされてるなんて、そんな境遇は息苦しいはずだろ。

 自分の気持ちはねえのか。逃げ出したくならねえのか。


 おれがその立場だったら、もう徹底的に(あらが)うに違いないぜ。

 自分の好きなように生きたいし、自分で決めたことにしか従いたくねえ。


 でも、まだおれはガキなんだよな。誰かが後見してくれなきゃ好きなとこにも行けねえ。


 何があっても、自分の力でやりおおせるようになりてえな。

 そうなったら大人だろ。

 大人になったら、姉上はおれを頼りにして屋敷を出るって言ったんだ。


 おれのためにも、姉上のためにも、おれは力をつけなきゃいけねえな。

 そんで姉上も、とっととお務めを果たしてあとは好きに生きれるようになるといいな。


「…待ってなよ」


 おれは、か細く白む地平線を見つめながらつぶやいた。

2024/8/9 修正(+64字)

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