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果てを渡る風  作者: 宇野六星
第5章 life goes on
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6.大立ち回り

本作は、人種や文化等の違いを理由に他者を排斥する行為を許容していません。

また、尊厳を守るためであっても過剰な反撃行為を積極的には推奨しません。

「その辺にしとけ」

「いっ…!?」


 おれは脇から割って入り、ミナを捉えているちんぴらの手首を同じように掴んで締め上げた。そいつから逃れたミナを、アリが後ろへかばった。

 ちんぴらの手を突き飛ばしてやると、一旦よろけたがまた凄み直してきた。


「何だあ? 今度は用心棒か? 次から次へと賑やかだな!」

「てめえ一人で賑わしてんだろ。茶だろうがカネだろうが、てめえらに恵んでやるもんなんか一つもねえ。とっとと帰れ」

「んだと? お前らこそとっととお国に帰りやがれ! 泥みてえな顔色して泥水飲んで、海向こうの泥を耕してろよ!」

「泥水とは何ですか! このお茶は王室献上品として王族の皆様にはお気に召していただけたんですよ! あんたみたいな低俗な輩にこの味がわかってたまるもんですか」


 ミナ、余計なこと言うな。


「へっ、茶汲み女のくせに生意気な。そりゃあフィニークの茶汲み女におすすめされちゃあ王家も断らねえよなあ。何しろ王太子殿下は泥顔の茶汲み女の元締めをご寵愛されてるしな」


 その言いざまに周りの人垣がどよどよと揺れた。


「――」


 おれは無言のまま、頭上にある屋台の(ひさし)を両手で掴んだ。次の瞬間両足を真上に振り上げ、全体重をかけてそいつの顔面に叩き込んだ。


「がっ…」


 兄貴分のちんぴらは仰向けにぶっ倒れた。すかさず額をがっつり踏みつける。


「クソが。何の元締めだと? そんな台詞を言っていいのは、この世におれ一人だけだぜ」


 アーノルドにも言わせねえ。


「ふっ、不敬だぞ! 王太子様ご一家をそんな風に言うなんて」


 記者がおたおたと遠くから叫んだ。


「それにこの人は、シェヘラザード王太子妃殿下の弟君、サイード・ユーシェッド殿だ!」


 フルネームでのご紹介ありがとよ。

 押さえつけられてた兄貴分の拳がおれの向う脛を狙ってきたので()ける。兄貴は図体の割りに素早く立ち上がり、開き直った。その面構えを見て子分どももまだ粘る気になったようだ。


「そうか、お前がうちの王太子様をかどわかした奴か。この国の大事なお世継ぎを何年もどっかに連れ回したあげく、汚え茶汲み女をあてがうとは大した手管っ…」


 おれは、いつまでも糞な台詞を垂れ流す口を蹴り飛ばした。子分どもが慌てて続きを引き継ぐ。


「兄貴!」

「くそったれのフィニーク人が! 茶汲み女まで売りつけるとは節操がないぜ!」

「お前らがどんだけ商売上手でもな、ガレンドールは買い取れないぞ!」


 んなもんいるか。だが、てめえらは言っちゃいけねえ台詞を連呼しすぎだ。おれは連中を()めつけ回した。


「てめえら…おれが今日は丸腰でいることに感謝するんだな」


 両脇に下ろした手を振りほぐし、ばきばきと鉤爪を作る。口の端を吊り上げて凄むと、子分どもはうろたえながらも身構えた。おれの気迫を受けて内心には怯えが走っているようだがもう遅い。


「五体揃ったまま墓穴に納めてやるぜ!!」


 帯剣してたらこいつらの体のどこかは確実に泣き別れにしてやるところだ。だが、素手でも刈り取り(・・・・)はできる。


 宣言と同時に手近にいた奴へさっと踏み込み、肘をみぞおちに鋭く打ち込む。その腕に勢いを乗せたまま手の甲で額を割れんばかりにぶち当てる。はっとして焦って正面から殴りかかって来た奴には、鈍重な腕を払いつつこめかみに拳を全力で叩き込んだ。続いて立ち上がった兄貴に向き直ったとき――


「だめです、ユーシェッドさん! 抑えて!」


 記者がおれの胴を抱えこんで動きを止めさせた。


「るせえ、邪魔すんな!」

「ケンカはだめです、両成敗です! あなた外戚なんですから、殿下たちにご迷惑がかかりますよ!」

「知るか!」


 揉み合っている隙に、まだいた愚連隊の残りが屋台を荒らしにかかった。弱い方から狙うとは、さすがクズの極みだぜ。

 器や豆はぶちまかれ、カウンターも凹まされた。中まで入り込んだ奴がミナや従業員を振り回している。


「きゃあ!」


 くそ、ここはツケだ。

 おれは身内を侮辱した者どもを放置し、屋台に戻ってミナの襟首を掴んだ奴の脳天を拳固でどやした。その向こうで、石臼を持ち上げた馬鹿がいる。


「ミナ!」


 彼女をかばって()けたつもりが、中途半端なカーブを描いて飛んできた石臼がおれの背中をかすめた。その重さに思わず身が沈む。腕の下でミナが小さなうめき声を上げた。

 くそ、なまってるぜ。


 もっと救いようのない馬鹿が(かまど)を蹴り散らした。火の粉が屋台に燃え移り、豆の焦げる臭いが充満した。アリや従業員が消そうとしても追いつかない。

 突然の火の手に野次馬も大混乱だ。


 警官隊が到着してちんぴらどもを捕まえたのと、通行人らや周囲の屋台の人々が噴水から水を運んでくれたのとでやっと事態が収束した。あの兄貴分をはじめ、どいつもくたばってねえのは残念だ。そういう意味でもおれはなまってるな。


 順番に現場での聴取をされる間、ミナや従業員たちは固まって腰を下ろしていた。先に聴取が済んだアリは、後始末の応援を呼びに商館へ行っている。


「お前ら、大丈夫か」

「は、はい。かすり傷だけです」


 そいつはよかった。だがミナは青ざめて震えている。割りと出しゃばってたこいつには説教が必要だが、今は落ち着かせるのが先だ。


「ミナ」


 おれはミナの正面にしゃがんだ。


「サイードさん…」


 ミナは眼鏡の下から両手で顔を覆い、ため息をついた。


「わたし、ショックです…。あんな…今まであそこまであからさまに言う人いませんでした。ガレンドールに来るとき、伯父さんからも注意はされてましたけど、わかってたつもりでしたけど、でもお客様や取引先はそんなことなかったから…」

「そりゃうちと付き合うのはフィニークびいきだから当たり前だろ。もしくはいい顔しとかねえと差し支えるから、余計なこと言うわけねえ」

「ですよね…」


 ミナはもう一度ため息をつき、自分の両腕を抱くとすがるような目でおれを見た。その指先がまだかすかに震えている。おれは立ち上がり、上着を脱いでミナにかけてやった。身動きするたびに背中が鈍く痛む。


「サイードさんこそ、大丈夫ですか? わたしをかばって…」

「構うな、お前ほどどんくさくねえよ。それより、騒ぎを大きくしちまって悪かったな」


 おれは屋台の残骸に目をやった。何一つ無事なものがない。豆の香りだけがまだ漂い続けていた。


 これはおれの失態だろうな。商館の者を最優先で守るべきだった。

 姉上とアーノルドのおかげでフィニークの人気が高まるほど、そうでもねえ奴らの反発も強くなる。その矛先はフィニークの大使館と、次いで代表格になってるうちの商館にも向かう。だからこそおれが、唯一無二の立場のこのおれがこいつらを最大限守れるよう立ち回んなきゃいけなかったんだ。

 本国から離れて商館に寄り固まってる従業員たちは、今のおれには家――


 ――――。


 ――危ねえ。


 今、おれは何を考えていた?

 おれがこいつらに責任を感じてるだと?


 家族(・・)


 冗談じゃねえ、おれに家族はいない。ただ一人いたがもう違う。とっくにおれじゃない奴の家族になった。

 それ以外を家族とは認めねえ。


 おれは、おれ以外の誰の責任も取らない。決して他人の人生をしょい込んだりはしない。そんなことをしたら身動きが取れなくなっちまう。いつでも行きたいところに行く自由を失う。


 くそ、何を絆されかけてんだおれは。


「…サイードさん?」


 突然黙り込んだおれを、ミナが不思議そうに見上げた。


 これか。これがしがらみか。


「…お前らはそろそろ帰って休め」


 アリが商館から何人か引き連れて戻ってきたのを目にし、おれは従業員らを促した。


「長居しちまったな」


 おれ自身もな。

2024/9/27 修正(+67字)

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