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果てを渡る風  作者: 宇野六星
第5章 life goes on
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1.若手商人たち

この章の時間軸は、本編『千の箱庭〜婚活連敗王子はどうしてもフラグを立てられない〜』完結後です。

エピローグまでを読了していることを推奨します。

また本作のコア部分であるため、これまでよりも長尺です。ご容赦ください。

 地の果てを(きわ)め星の海を駆け巡った者にとって、残されている探索領域は時空だ。過去はすでに定まっているが――それでも変えてしまえる奴はいるが―― 一秒先は不確定だ。どんな未来が用意されているかは、おれが観測した瞬間に決まる。そう、例えば目の前のカードをめくったときに、おれの勝ちが決まるかどうかが明らかに――。


「…チッ」


 外れだ。引いたカードは、手の中にある二枚とは組も番号も違っていた。舌打ちしてそいつを場に捨てると、相手に目線をくれて促す。そいつのソーセージみたいに丸々とした指が山からカードを引くのを睨みながら、グラスをあおる。琥珀色の液体が喉を灼き、一瞬だけ目が醒める。


「ふふん」


 相手はにやにやと勝ち誇った笑みを浮かべると、カードを両手で場に貼り付けるようにぺったりと並べた。三枚の連番だ。これで奴の手札は使い切られ、上がりだ。


「今日も俺の勝ちだな、サイード」

「まだ決まっちゃいねえぜ。もう一戦だ」

「やめとけ、その台詞も三回目だ。そろそろ清算しないと賭け代さえなくなるぞ」


 おれが食い下がると、相手は大げさにため息を吐いてみせた。その巨漢から酒と葉巻の煙が混じったどうしようもない臭いが大量に絞り出され、おれを包む。

 おれはあからさまに顔をしかめて手で前を払った。くそ、そのびらびらのスカーフで脂っこい顔を包んでしまいたいところだ。だが顔がでかすぎて布地が間に合わねえだろうな。


「ピート、お前にそんな気遣いがあるとは思わなかったぜ」

「俺様は洗練されたシティボーイだからな。西方の海賊上がりなんぞより遥かに上品で情け深いぞ」


 そう言って二本指でくいくいと支払いを請求する。おれは渋々給仕に紙とペンを持って来させた。


『――サイード・ユーシェッドはピーターソン・ガードナーに下記金額を支払うものなり…』


 すっかり覚えてしまった証文の文言を書きつけていく。


「いくらだ」


 金額を聞くと、さすがに手が止まった。


「あちゃあ…いつの間にそんな額になったんだ? やべー」

「俺の手札を見てなかったのか? 絵札で上がったから桁が増えてるんだよ」

「マジか。やべー。三カ月くらいタダ働きしねえと払えねえ」

「情けない声を出すな。まったく、こんな奴がうちの商売敵の頭とは」

「おう、意趣返しできてよかったな。あと別に頭じゃねえ、代理の代理ぐらいだ」


 ピートはガレンドールの豪商ガードナー商会の跡取りだ。この商会は国内各地で幅広い品目を商っているが、東方の遠国とのパイプも強く、絹や茶などを輸入している。ピートはその輸入部門を仕切ってる。


 一方、おれは西方大陸のフィニーク連邦随一の交易商、ユーシェッド商会の人間だ。ユーシェッドは数年前にガレンドールに商館を開き、急速に足場を固めている。特に、ユーシェッド家が連邦総督を務めたり()が王太子妃として輿入れしたりと、この国そのものとの関係を強めたことで非常に羽振りがいい。絨毯や香辛料、海産の装飾品などを扱っていて、服飾や輸入食材の分野ではガードナーのシェアを急速に切り崩し始めてる。


 その商館の商館長代理が今のおれの肩書だ。本来のトップはおれの次兄シャヤールだった。だがあいつはフィニークを離れるのを嫌がって、この国での留学経験があるおれに代理を押し付けやがった。渋々姉上の輿入れに合わせて赴任してきて、一年ちょっとになる。


 なーんつっても、おれがそんな大規模なビジネスだの人を使う仕事だのできるわけねえだろ。サインよりも複雑な仕事は部下に全部押し付けてしのいでる。それでも商館が傾かねえんだから、うちは有能な人材に恵まれてるぜ。


「細かい話はいい。さあ、どうカタをつける?」

「あー…」


 やべー。やべーな。久々の窮地だぜ。最近は、こうやってわざわざ作り出さねえと窮地に見舞われるのも難しい。


「何笑ってる」

「いやあ、面白えなと思ってよ」

「変わった奴だ」


 ピートは、とんとんとテーブルを叩いて何か考えると、急に肘をついて頭を寄せてきた。再びあの悪臭がおれを襲う。


「なら譲歩してやろうか。払うのは金じゃなくてもいいぞ」

「んあ?」

「最近、フィニークの茶を荷揚げしただろう」

「よく知ってんな。だがありゃ非売品だ。王室への献上品だぜ」

「一袋残らず献上するわけじゃなかろう。試飲用や予備、まああと俺なら王室御用達(おすみつき)と言って有力貴族(インフルエンサー)に宣伝する分も見越して、倍は仕入れるな」


 そういやうちの秘書も似たようなこと言ってたな。そういうもんなのか。


 いつの間にかおれはピートから新しいグラスを手渡されていた。とりあえず中身を減らしてからテーブルに置く。勝負が終わったせいか、もう飲んでも喉がぼんやりする以上の効果はなかった。


「で?」

「その、余ってる試飲用をちょっと分けてくれたらいいんだ。なに、店に卸すわけじゃない。俺も味見してみたいだけさ」

「いや、そりゃおれの一存じゃ…」

「なんならポケットマネーから手数料を出してもいいぞ。俺とお前の個人的な取引だ。お前は小遣いが増えて、またこうして遊べるってわけさ」

「ん、んん〜…」


 おれは唸った。こいつは危ない橋のような気がする。渡るか渡らねえか、どっちが正解だ? どっちが面白い話になる?

 どうも頭がぼんやりするな。また一口飲むと、もう少し探りを入れることにした。


「…いくつ欲しいんだ?」


 ピートが答えようとしたとき、おれたちの上から声が降ってきた。


「やめとけ、それは横領だぞ」

時系列的には本編エピローグから約一年半後、『バロック』第三章より約一年半前です。


ガードナー商会と東方との関わりは、本編第三話やスピンオフ『絹とオレンジ 〜聖女と従者の第2章』で触れられています。

学生時代はたぶんスリムだったピート様は、見違えるほどの大物()になったようですね。今でも東方びいきのようなので、美味なトスギル飯を堪能してるのでしょう。ハッピーなようで何より。


***

2024/9/10 修正(+32字)

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