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果てを渡る風  作者: 宇野六星
第4章 トリックスター
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3.隠しスキル

* * *


 アーノルドは一足先に砦に戻っていた。おれも街へ戻って宿を引き払い、再び楽舞団を訪ねると姉上の馬車に泊まるよう言われた。積もる話もあるだろうなどと気を回されたが、むしろ気まずいぜ。


 辺りの地形を確認し、日暮れ前に結界を設置して回った。この世界では、魔法を使える人間は僧侶か魔術師だ。一般人は、寺院にお布施を払うか魔術師組合で魔道具を購入することで魔法の恩恵を受ける。

 この結界用のアイテムも寺院の専売だ。聖別した金属棒を円形に地面に差し、手順を踏むとその内側に結界が発動する。ただ、保ちが悪いので夜半にもう一度聖水をかけてまわる必要がある。聖水ももちろん寺院専売だ。商売上手な奴らだぜ。


 せめて馬車を砦の外壁方面になるべく寄せて固まらせ、馬たちの周りにも重ねがけしてやる。この辺をうろついているのは魔物よりもゴブリンだ。おれとアーノルドも、先日軽い探索に出かけて遭遇した。

 この砦はいつもゴブリンに狙われており、連中が兵を組織して攻め寄せてくることも度々あったとか。傭兵になったアーノルドには、一丁活躍してもらいたいところだ。


 一区切りを付けて楽舞団の皆のところに戻ると、彼らはわずかな空き地に板を敷いて曲の稽古をしていた。楽器も、歌も、踊りの振り付けも、すべてがおれにとっては馴染み深いものだった。

 この世界のゲンテの民は、人種さえ目を瞑ればおれの世界のオリフォンテの民と全く変わらない。そうだ、おれはこの世界のオリフォンテたちに会ってるんだ。そう思おう。どっちがまがい物かなんて考えるのはやめだ。


 おれは傍に立って稽古を眺めた。オリフォンテの踊りを初めて見た時は、子どもすぎて意味がわからなくて、ただ変な気分になったもんだった。それでも彼らに行き会うたびに、少しずつ教えてもらった。理解すれば本当のオリフォンテになれるような気がしたからだ。

 だが十五でフィニークを離れてからはそれっきりだ。ユーシェッド本家も、ガレンドールの知り合いも、アーノルドでさえおれがこれ(・・)()れることを知らない。異世界のステータス画面にも出てこない、言わば隠しスキルだ。


 男の踊り手が場からはけようとしたので、おれは入れ替わるように板の上に載った。場に残っているベテランの女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに動きを合わせた。手を叩きながら間合いを計るうちに少しずつ思い出してきた。五年ぶりだしプロでもないが、アドリブでもまあまあサマにはなる。心得さえ覚えていれば。


 おれに手ほどきしたオリフォンテは、これは「表向きは(・・・・)男女の間の情念を表現したもの」だと説明した。強く求め合いながらもすれ違い、募らせた想いが隠しきれずにほとばしる、そういうやり取りを描いているのだと。そりゃあ思春期前のガキにはわかるわけない。だがそれだけがテーマじゃない。その振り付けや曲の調べには、オリフォンテが旅をせずにいられない理由が込められている。そっちを理解すればいいだけだ。


 ――はるか遠くの場所に、求めてやまないものがある。

 決してたどり着かないとわかっていても、向かわずにいられない。

 決して手に入らないと知っていても、追わずにいられない。

 たとえ何とかつかまえても、我がものにすることは叶わない。

 それでもいい、挑戦せずにいられない。追い求めることそのものに魅了されている。

 一歩でも先へ行けるなら、その途上で倒れても構わない――


 それが、オリフォンテの魂だ。


 頭を空にして体を動かすと、次第に周りの景色が消えていく。相方の女の目に目を合わせれば、やがてその先に地平が現れる。夜明け前の星空の下、静かに横たわる地平が。あの地平をいつか越える。そこにおれのゴールがある。


 相方が汗だくになりながらフィニッシュを決め、すぐさま満面の笑みでおれを称えた。


「あんた、なかなかやるじゃないか。どこかのゲンテの世話になったっていうのは本当みたいだね」

「いや、こっちこそ勝手に飛び入りしちまってすまねえな。気分転換させてもらったぜ」


 おれも袖口で顔の汗を拭いながら軽く詫びた。相手がゲンテ(オリフォンテ)だと思うと、つい殊勝になってしまう。三つ子ならぬ(とお)の魂百までだ。


 唐突に、姉上が稽古に参加してないことに気づいた。聞くと、いつもはいるんだが今日は体調が優れないとかで飯もそこそこに馬車にこもってるとのことだった。踊り子としては、ちゃんと花形が務まるレベルらしい。本当かよ。


「ああ、おとなしい子だけど舞台に上がると別人みたいさ。その瞬間だけ、目つきや笑顔にみんなが虜になる。普段からもっと笑ってりゃいいのにね」


 ますます本当かよ。占い師の仕事なんか、顧客(アーノルド)に全然評価されてねえぞ。


 焚き火を囲んでの飯ではゲンテの民のことをもっと聞きたかったが、彼らは姉上がおれとゆっくり話したくて待ってるんじゃないか、と変な気を回して早々に切り上げさせようとした。


 しょうがねえな。泊めてもらわなきゃならねえし、ご機嫌伺いに行くか。


 姉上の馬車に近づくと、戸口の隙間からランプの明かりが漏れていた。いつもの流儀で、ノックしながら返事を待たずに入る。姉上は壁に作り付けた革張りのベンチに座り、待ち受けていた。ランプはテーブル代わりの物入れの箱の上に置かれ、ぼんやり室内を照らしている。外に比べるとこれでもけっこう明るく感じる。


「いらっしゃい」

「よう。花形のくせに稽古をサボってていいのかよ」


 軽口を叩きつつ、促されておれもベンチの端に腰掛ける。


「舞台に上がれば勝手に体が動くから問題ないわ」

「へえ、さすがに(きわ)めてんな」

「それより辻褄合わせの作業の方が重要よ。あなたの変な出まかせをどう扱ったものか…」


 姉上は膝の上で両手を組み、思案げに首をかしげた。馴染み深い黒檀の瞳ではなく、ゲンテの民のヘイゼルの瞳に見つめられると、また言い知れない苛立ちが湧いてくる。

 中身が姉上だろうと、この入れ物は姉上じゃない。いや違うな。中身は天上の主だ。ゲンテの民をオリフォンテと同一視するのとはわけが違う。フィニーク人の、おれの屋敷で育ったあの「預かり子のシェヘラザード」の姿に入らなきゃ姉上にならない。入れ物が姉上じゃないなら、黙って振り回されてる筋合いもない。

 おれは苛立ちを押さえて、話に付き合った。


「『生き別れの種違い』ってやつか? 別に、おれにとっちゃ嘘じゃねえし」

「何人がその話を聞いたのかが問題なの。影響が出ないうちに消さないといけないけれど、妙に話が噛み合っているから多少は要素を残してもいいし…」


 なんのこっちゃ。


 姉上は、今夜一晩かけて自分の姿をおれと同じ濃紺の髪、金茶の肌の人種――この世界で言えば「渡来人」の姿に変える作業をすることになっていた。

 昼間の説明では、見た目がいきなり変わると一座の皆が驚くからその辺の辻褄合わせもすると姉上は言っていた。この世界の姉上は小さい頃からこの一座で育ったことになってるので、どうにかして(・・・・・・)ゲンテの娘ではなく渡来人の娘を育てたってことにする気なんだろう。


「で、具体的には何をやるんだ? ログ?をどうとか言ってたな」

「『ログをリフレッシュする』ね。関わった者の記憶や記録を精査して、自動的に書き換わるようにしておくの」

「記録? 過去のことも変えられるのか」

「今変えるわけじゃないけど、誰かが今後私を思い出したり記録を確認しようとしたその時に、新しい設定でログが生成されるわ。そのためにこれまでのデータを削除する。容量確保と競合回避のために、バージョン履歴は残さない」


 やっぱりなんのこっちゃ。

 姉上は、こんな風に時々『天上の主用語』を使うのでおれやアーノルドにはさっぱりだ。毎回おれらのどっちかに「わかりやすく」と突っ込まれてようやく話が通じる。


「関係者が多いほど変更範囲が広がるから、どうせ消す話をあまり広めてほしくないのよ」


 どうやら文句を言われてるらしいことはわかった。


「おれの出まかせなんか連中も信じちゃいねえと思うがな。でなきゃわざわざ姉上の馬車におれを泊めるかよ」

「身内だからまとめたのでしょう?」

「身内っちゃ身内だけどよ…」


 のんきなもんだぜ。血縁よりも密接な間柄のことだって「身内」って言うだろが。そんな仲じゃなくても、勘繰ってくる奴はどこの世界にもいるもんだ。

 そりゃおれは姉上とは切り離せない間柄だと思ってる。だからっておれが、例えば――赤の他人になってる今夜こそが間違いを起こす千載一遇のチャンスだ――とか考えるような鬼畜ヤンデレ系の弟じゃあなかったことに感謝しろよ。そういう越境に挑戦する趣味はねえ。


「とにかく、心配だったらさっさとその作業に取り掛かるんだな。ごちゃごちゃ言ってねえでよ」


 ちょっと低音で言い返すと、姉上はさすがに黙った。立ち上がって奥の寝台に手をつく。


「では、スキンを…今からこの体の作り変えを行うわ。作業が始まると身動きできないので、朝までそっとしておいてくれるかしら」

「わかった」


 それから振り返って、少し申し訳なさそうにおれとベンチに交互に目をやった。


「あなたは悪いけど…」

「構わねえぜ。どうせ夜中に見回りに出るからな、仮眠ができれば十分だ」

「ありがとう。それと、辻褄合わせも同時進行でするので、皆も起こさないようにね」

「寝てる間に皆の記憶をいじるってことか?」

「まあそういうことね」


 姉上は寝台に登って足を伸ばすと、間仕切りのカーテンを半分引いた。


「サイード」

「何だよ」

「あなたの望む通りにするから、ちゃんと協力してね」

「わかってるって!」


 だったら早く『姉上』になりやがれ。

 おれは舌打ちすると、両手を顔の前でしっしっと払った。


「早く閉めろ」


 姉上はやっとカーテンを閉めた。もそもそと横たわる気配がする。


「おやすみなさい」

「ああ」


 まったく。

 おれはランプの火を吹き消すと、ベンチに寝転がった。

2024/8/25 修正(+34字)

カクヨム掲載分に追いついたので、次回以降はあちらの更新ペースに合わせ火・金に修正を行います。

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