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5.男3人で語り合う

 男爵家の食卓としては質素な夕食後、新参者3人は簡素な湯浴みを終えてレオナールの部屋に集合した。彼があてがわれた部屋はヴィクトルとマーロの部屋よりは大きく、応接セットまでも用意されている。


 ヴィクトルは王城とのやりとりに使う鳥を持ち込んでおり、借りる部屋の窓の方角に指定があったのでマーロの部屋より更に小振りの客間をあてがわれた。生活をするのには十分だったし、彼は文句を言うような人物ではなかったが「わたしの部屋は狭いですから、レオナール様の部屋に集合でいいですよねぇ?」と自分から言い出すぐらいのふてぶてしさはある。


「今日の感想は」


 レオナールの言葉は端的だ。ヴィクトルがまず手をあげて


「計画書はよく出来ていましたが、検討すべきことは多いですね。それに、3か月後に領主不在のまま放置出来るところまではもっていけなそうです。視察を何カ所か終えた時点で、早めにフィーナ様から引き継ぐ代理人候補の選定も必要でしょうねぇ」


「そうだな。後から代理人候補を募ってその候補に合わせた方針を検討し直すのは手間だ。早いうちが良いな。マーロは何かあるか?」


「そうですね……レオナール様がおっしゃっていたように、失礼ながらレーグラッド男爵が頑張っていた『せいで』下手に現状維持が出来てしまっていたのだと強く感じました。おかげで男爵が亡くなってからしか来られなかったわけですし……計画書はどの内容もあと一歩という感じが否めませんが、これまで行った先の中では一番わかっている感触があります」


「そうだな。とはいえ、戦争でこの辺りの木材と職人をどっさり王城方面に連れていかれてしまって、働き手が減った中でここまでよく切り盛りしたものだ」


 一日の終わりのこの時間。ここからも彼らの仕事の密度は濃い。彼らは立て直しの方針に合わせて人を手配することも多く、それに付随して王城方面の裏話も交えるため、フィーナの前では出来ない話もあるのだ。


「その職人たちは、まだレーグラッド領に戻せないんでしょう?」


「王城付近に残されている者もいるが、一部は復興のために王城から各地に派遣されてしまっている。だが、戦時中より不当な扱いは受けていないはずだ。収入もあがっていると思うので、今こちらに返すのは互いに得策ではないだろうな。稼いだ金は間違いなく当人にもレーグラッド領の家族にも届いていることは確認済みだ」


「ってことは、働き手の人口はこのままで、立て直しの計画を進めるしかないってことですね」


 と、その時ノックの音。レオナールが「どうぞ」と言えば「フィーナです。夜分に失礼いたします」と不安げな表情でフィーナがそっとドアを開けた。見れば、まだ昼間と同じドレスを着ており、彼女が眠る準備をまったくしていないことに気付く3人。が、あえてそこは黙る。


「遅くに申し訳ございません。明日、向かう前に目を通していただくと良いかもしれない資料があったので……余計なことかと思いましたが……」


「いえ、ありがとうございます。マーロ」


「はい」


 室内には入ってこないフィーナの元へマーロが取りに行く。


「ああ、これは助かります」


 受け取る時に資料に目を落としたマーロがそう言うと、フィーナの表情は明るくなった。


「それでは失礼いたします。おやすみなさい」


 多くは言わずに去るフィーナに、3人も就寝の挨拶を返した。とはいえ、彼らはこのまま眠っても良い状態だが、彼女はまったくくつろいだ格好にもなっていない。一体何をしていたんだろうかと思うが、初日からあれもこれも質問を投げかけるのは不躾というものだろう。


「何の資料だ」


「ここ1年半ぐらいの、天候の記録ですね」


 レオナールはぴくりと片眉をあげてから、口端を軽く歪めた。


「どう思う?」


「貴族令嬢にしては、気が利きすぎますねぇ」


「うむ」


 ヴィクトルとレオナールのその会話に、マーロは「?」と不思議そうな表情を見せた。


「お前、察しが悪いな」


 と笑うヴィクトル。


「ど、どういうことですか?」


「知らないっていう顔を通しているのに、結局こんな時間に我慢出来なくて資料を届けるなんて、可愛いですね」


 そのヴィクトルの言葉にレオナールは笑いもせずに「そうだな」と答え、マーロから資料を受け取る。


「だから、どういうことですか……?」


「作物の選定をする場所の天候記録を持って来るっていう発想、普通のお嬢さんがするわけないだろ」


「あ」


「きっと、ちょっとはわかってんだよ。領地運営のこと。どこまでかは知らないけどさ。行く先々で父親の仕事っぷりを見ていたから、資料の種類とか、何が必要そうなのかとか、イメージ出来るぐらいはわかってるってこった」


「それなら隠さなくてもいいでしょうに」


「この国では、そうもいかないってことを、本人が一番わかってんじゃないかな」


 ヴィクトルはこの国で生まれ育っているが、マーロはレオナールが留学から帰国した際に連れて来た他国生まれ他国育ちだ。時々、こうやって「この国での女性の地位」について頭から抜けることがある。が、本来は「そうあるべき」であることは、レオナールもヴィクトルもわかっている。


「あのご令嬢は」


 レオナールは資料をめくりながら話す。


「この国の貴族令嬢では珍しく、不必要と言われてしまう知識を持っている気配がする。川に寄った話をした時に驚いていただろう。普通のご令嬢なら、驚きもせず『そうなのか』ぐらいで流すところを驚いた……ということは、街道から川までの距離を正確に把握しているということだ。あれは、もう仕事をしてくるなんて熱心だ、という意味の驚き方ではない」


 その言葉にヴィクトルとマーロは目を見開く。彼ら2人もそこまでのことは気にしていなかったが、レオナールはそんなことまで感知していたのかと驚く。


「それに、木の伐根と川の氾濫の関係性も説明しなくとも理解をしているようだった。そもそも、領地運営に関わっていなければ、戦時下にこの地域の木材を大量に安値で提供させられたことなぞ知るはずがない。どんなに家族仲が良くてもこの国の貴族令嬢が知るような話とは思えないな。例外はあるが、これまで行った立て直し先のご令嬢たちは、本当に何一つ知らずに過ごしているようだったし……この国の貴族の女性に対する扱いは、ほとほと呆れる」


「明日以降、フィーナ嬢に迫られなければ、きっと本物なんでしょうね」


 とはマーロだ。


 もしかしたら明日からフィーナも変貌するかもしれない、と3人が未だ彼女を疑うのも仕方がないことだ。なにせ、レーグラッド領には現在領主不在で、ヘンリーの成人までは時間がかかる。代理人は領内では見つからないと来たものだ。そこで、ハルミット公爵との縁が出来れば援助をしてもらえるのではないかと考えてもおかしくはない。


 仮に、フィーナとレオナールが結婚をすれば、ヘンリーが成人するまでに一時的にこのレーグラッド男爵領をハルミット公爵領の一部として代理運営をすることも可能になる。勿論、同じことは他の領地にも言えることなので、レオナールはどこに行っても令嬢たち――本人の希望もあれば親から焚き付けられる場合もある――からアプローチを受け、ヴィクトルとマーロに盾になってもらっている状態だ。


「資料を女中や執事に頼まないでわざわざ自分で持って来たのは、少し胡散臭いと思いますがね。レオナール様がおひとりでいるのを狙っていたとか。結構な美人ですし、その辺は自信あるんじゃないですか」


 フィーナが聞いていればきっと「この時間までわたしが働いていると知られたら湯浴みに強制搬入されるので……」と反論しただろうが、残念ながら聞いていないし、聞いていたとしても「仕事をしていた」とは言えないだろう。レオナールはヴィクトルの言葉に「いや」と冷静に首を振った。


「そういうつもりがあれば、湯浴みもして着替えてくるはずだ」


「ああ、確かに。いや、いまどき珍しい、なんていうんです? クラシカルなドレスを着て、品が良い感じですよね。着替えないにしても、レオナール様を狙ってるなら、もうちょっと着飾ったり露出があってもおかしくないかもしれませんねぇ」


「ああ。それに、初手でお前も見事に挫かれただろう?」


「あ~、まあ、でもあれは軽い様子伺いですよ」


 レオナールがいう「初手」は、名前の呼び方の話のことだ。レオナールとフィーナがやりとりをしているところに、ヴィクトルがわざと割り込んだ。あそこはヴィクトルが割り込む必要はこれっぽっちもなく、レオナールが「髪の色で呼ぶという雑なことをしている」と答えて終わればよかったはずなのだ。


「わっかりやすい令嬢だったら、あそこで『お前には聞いてない』って顔をしますからね」


 だが、フィーナはそんなヴィクトルの目論見なぞこれっぽっちも想像せず、その辺の村娘かと思えるほど素直に笑っていたのだから、少しばかりヴィクトルも毒気が抜かれた。挙句に、ソファを勧めながら自分でがたがた椅子を運ぶあたり、余計その辺の村娘と変わらぬように見えてしまったから困る。


「それだけじゃない。マーロの言葉にあんな嬉しそうな表情を見せたのは、演技ではないだろう」


「マーロの?」


「今さっきの話だ。助かるとマーロが言ったら、ほっとした表情をしていた。あれは、半信半疑で持ってきたが、役に立ってよかったという表情だ。わたしが1人かどうかよりも、そちらの方が嬉しかったのだろう」


「レオナール様の脳って本当にどうなってるんですかね……俺が女だったら、こんなに見透かす人と結婚したくないんですけど」


「奇遇だな。わたしもお前が女性だとしても、結婚したくない」


「えっ、ちょっと地味に傷つくんですけど……」


 ヴィクトルのその言葉にマーロは堪らず笑うが、レオナールは嫌そうな表情をちらりと向けるだけだ。


 そんなわけで、使用人を巻き込んで体裁を整えようとしているフィーナだったが、ほぼ自分でボロを出しまくっている。何かと目ざといレオナールにバレるのも、最早時間の問題かもしれない。

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― 新着の感想 ―
無理くりのシナリオもメッキが剥がれつつあるお嬢様…かわいい〜
[一言] 死ぬ気で領をなんとかしてたのに、頑張ってたせいでとかまじでこいつ人の心がねぇな、、、、、。 こんなことメノマエで言われたらもともと、お前ら無能な中央のせいだろと立て直されてる方もおもうやろな…
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