30.良い知らせがてんこもり
感謝祭は終わり、マーロの実家の商団に属しているという商人がやってきた。セダの実をあく抜きしたものを食べ、やはりこれはヌザンではないかということになり、直接山林を見に行くことになった。
マーロとヴィクトルにそれは任せ、レオナールは室内で仕事をしていた。街道の整備も進み、外との流通が以前よりも増した。だが、外からの行商人に対しての支払いはあまり芳しくない。そして、芳しくないと折角街道の整備が進んでも二度目三度目はない。よって、当分は街道の通行料は取らずに行き来してもらうことにして、街道の関所では食事の補助券を出して宿屋に泊る者に一泊分の補助を出すことにした。
それから、領地内の税率の見直し。それから。次から次にと出て来る内容は、それ1つで完結しない。必ず何かと密接な関係になっている。そのバランスをとりながらも、現在のバランスを変える。それらの試算は未だにヴィクトルとマーロには頼めない。フィーナは数値に弱いとは言っていたが、最終的には目を通してもらって話をしなければ、と思う。
(昨晩、フィーナ嬢は食事の席を共にしなかったが……)
感謝祭が終わって、花をどうしようだとかあれこれ片づけをしなければいけなくて、食事の時間に彼女は間に合わなかった。そのまま会わずに今日になり、朝は珍しく寝坊をしたのでまた食事を共に出来なかった。
(今頃部屋で執筆をしているかな)
とりたてて、用事がない。仕方がないのでレオナールも静かに邸内にいるが……と、窓をかつん、かつん、と何かが叩く音がする。レオナールは慌てて立ち上がり、窓を開けた。すると、ヴィクトルの「鳥」が入って来る。
「ああ、ありがとう」
鳥に礼を言って、足につけられた文を外すレオナール。それから、その鳥を腕に乗せながら部屋を出て、ヴィクトルの部屋まで連れていく。人に慣れている鳥は暴れもせずにおとなしい。
「疲れただろう。十分休むと良い」
そう言って、部屋に置いてあるケージひとつを開ければ鳥は素直に入っていく。水も餌もあることを確認して「ヴィクトルはさすがだな」と思いつつレオナールは部屋に戻った。
「予想以上に早かったな」
それから、彼は手元の資料の確認を終えると、レーグラッド男爵邸から一人で馬に乗って出掛けたのだった。
「初めまして。フィーナ・クラッテ・レーグラッドでございます」
マーロ達が戻ってきた時、レオナールは不在にしていた。おかしいな、と思いつつも、まずはフィーナと商人を会わせる。
「初めまして。ボルナン・ニッセルと申します。マーロ様のご実家の商団で働いております」
30代後半ぐらいの男性が1人付き人をつけて訪れる。執務室ではなく応接室での会談となった。
「実を拝見させていただきました。手早く回答を申し上げますと、我々が知っているヌザンの実で間違いないですね」
「そうだったのですね」
「そして、正しいあく抜きの方法をとるには、まず一か月干さなければいけません。今日までにあく抜きをしていたものは一週間しか干していなかったので、干しが足りませんね。ですが、それなり以上の味にはなっている様子ですし。また、実が採れる場所を拝見しましたら、いや、なかなかたくさんあって」
「そうですね。ほぼ男爵領地といいますか、地域の中でも特に誰が管理しているわけではない山林にあるようで。自生をしているんです」
「実は、自生をしているヌザンの実というものは、なかなか貴重でして」
「えっ?」
その先はマーロが説明をする。
「地質の問題だと思うんですよ。ヌザンの実は現在高値で売り買いされていますが、それはみな植えて管理をされているものです。レーグラッド男爵領のように、放置して自生のままでいることの方が稀だという話で」
「そうなんですか。それは何か問題が?」
「逆です。良い意味で」
ボルナンは苦笑いを見せる。
「天然ものとしての売り出しが出来るのは、とても重要です。そうですね。たとえば両手の平で掬えるぐらいの量を基本にして……」
ざっくりとした試算をするボルナン。あく抜きに一か月以上かかるものの、そのほとんどは干す工程。流水に漬ける仕組みを作って管理をする分を上乗せしても……と計算をした。
「これぐらいの金額になるんじゃないかな。少なくとも、我々はこれで1000は売ります」
「ええっ? ゼロがひとつ多くないですか?」
「多くないですね」
フィーナはぽかーんと口を開けてマーロを見て、ヴィクトルを見る。マーロとヴィクトルも、ほぼぽかーんとしてフィーナを見たので、ああ、2人共も初耳だったのだなと思うフィーナ。
「いや、もしかしたらもう少しあがるかもしれないなぁ~……なんにせよ、それには流水にさらすための仕組みを作るところからでしょうが、それは川辺に作れば良いですし、木灰も困らないほどは山林に枝葉が落ちているようですし……どうでしょうか。一か月半経過したらもう一度こちらに顔を出しますので、それまでに試作をいただけませんか。勿論、出来上がりの次第を確認して、それなりに買い取りますよ」
「良いのでしょうか」
「はい。当然のことですが、時期もそれなりにありますし、人手も必要になるでしょう。なので、まずは100から。その程度であれば、間違いなく商人間の取り交わしだけで、国を通さなくても良いですしね」
「わかりました。100ですね。まず、それを目指して作ってみます」
「よろしくお願いいたします」
「いえ! それはこちら側の言葉です。よろしくお願いいたします」
「では、契約書を作成しますね」
その間に、とフィーナは部屋を一旦出て、鉱石を取りに執務室に向かった。執務室には金庫があるので、そこに入れておくことにしていたのだ。
(セダの実には時期がある。年に一度、2ケ月程度。それでも、今の時点で100作ってあの金額なら、まず実を採って、皮むきや干す作業、選別作業などに人々を雇っても十分にプラスになるわ……)
仕事がなくて手が空いている女性たちも多い。いや、本来は女性たちの手が空くのは良いことなのだが、夫となる男性の収入も未だに低いのだ。更に、あの山林はレーグラッド男爵領であり、それ以外の誰のものでもない。となれば、使用料もいらないし、売れた分の利益はほぼ金策に充てられる。そんなことを考えながら鉱石を持って来る。
「お待たせいたしました」
「いいえ、こちらこそ……わあ、それが話に聞いていた深紅玉石ですね? これはちょっと厳しいなぁ~……あっ、厳しいって言うのは出来ないって話じゃないんです。その、今の懐では」
「ええっ? でも、今の懐で良いので、買い取っていただくことは出来ませんか?」
「いやあ……これ……」
マーロが口を挟む。
「ボルナン」
「わかりました。わかりましたよ。マーロ様。その代わり二回払いでお願いします。今回の懐ではちょっと厳し過ぎて。先程のヌザンの実の納品の時に、二度目のお支払いって形にしていただけたらと思います」
とんでもない話になってきた、とフィーナたちが困惑していると、ちょうどレオナールが戻ってきた。
ボルナンからは一度目の支払いということで、かなりの金額がフィーナの前に積まれた。驚きで口が開いてしまって「閉めなくちゃ!」とぎゅっと閉じるが、また暫くすると「ふわぁ」と声が出て口が開いてしまう。その様子を見てヴィクトルは片腹を抱えて笑いを堪えていた。
「カーク、金額を確認してくれ」
レオナールに呼ばれてカークが契約に立ち会うことになった。レオナールたちはレーグラッド男爵領の人間ではないので、ということだ。
「はい。確かにございます。また、契約書も確認させていただきました」
フィーナが契約書にサインを書いて、それで話は終了だ。
「はい。では、これでそれぞれのサインが終わりました。一か月半後、また参りますので、その時までに100、ヌザンの実を整えておいていただけますと助かります。どのような形にするかはお任せいたします」
「かしこまりました」
レオナールは深紅玉石についてボルナンに尋ねた。
「今日買い取った分はどうするのだ? エーレント公国では石を研磨しないだろう?」
「はい。おっしゃる通り。エーレント公国では、国の石として大切にされて宝飾品としての研磨が出来ないんですよ。なので、こちらは研磨をして、それはそれは、あれこれと手を尽くしてお高く売ろうかと」
そこでボルナンは悪い顔をした。レオナールは「なるほど」と笑って「マーロの家の商団は、なかなかえげつないな」と言った。「恐縮です」と答えるマーロに、ヴィクトルが「褒めてねぇよ」と言うが「褒め言葉だと思っておきます」と譲らない。
「ボルナンさん、ありがとうございます。まだ本当なのかと思ってしまうのですが……こうしてお金をいただいたら、少し実感が湧いて来ました」
「金は金だしな。他にマイナスが出てる分、これで補ってくれ」
レオナールがいう「他にマイナス」は、立て直しに際して何もかもがプラスになっているわけではないからだ。特にこの初年度に投資をしようとすれば、どうしてもそこがマイナスになってしまう。出来るだけそうしないようにとしているが、この先の予定を計算すると、どうしても一時的にマイナスになってしまう。それに、彼らの立て直しは、何もかも問題がなく動いているわけではない。
「そうですね。何にせよ、セダの実については、流水にさらす場所を選ばなければいけないし、そのための仕組みも作らないと。それに、鉱山だって鉱石をどこまで掘り出せるようになるかまではまだわからないですもの」
「そうだな」
「お金をこんなにいただいても、まだまだ問題がありますね。でも、それでもこんなに良い知らせをいただけるなんて、本当に良かった!」
マーロはボルナンと話があると言い、付き人も含めて3人で町に向かった。ヴィクトルは「報告書作っときます」と言って部屋に戻る。フィーナはカークに「鉱石と契約書を執務室の金庫に入れて」と頼み、ふう、と小さく溜息をついた。
「フィーナ嬢。ちょっと話があるんだが」
「あ、はい」
「部屋から物をとってくるので、あなたの部屋で」
「はい、わかりました」
フィーナは「部屋から物をとって来るってことは、きっと先日わたしが書いたものの話に違いない」と思いながら、とっとっと、と部屋に戻った。




