3.出会いの日
「というわけで、もう一度みんなに改めて申し上げますね」
フィーナは数少ない使用人を屋敷のエントランスに集めて、念には念を押した。こほん、と小さくわざとらしく咳払いをするのは、自分でもこれから言う口上が「ちょっとなぁ~」と思う内容だからだ。
「わたしは領地運営についてはほぼ携わっていないものの、領民の生活に興味があったので、立て直しのために奔走していたお父様について回っていた、好奇心旺盛なだけの令嬢です!」
そうフィーナが言えば、使用人たちは
「はい! お嬢様は領民の生活に興味をお持ちで、立て直しのために奔走なさっていたご主人様と領地をご一緒に回っていらした、好奇心旺盛な方です!」
と、教え込まれた文言を復唱する。チームワークは良いが、みな苦々しい表情だ。いや、みなそろって苦々しい表情なら、チームワーク「が」良いので、と言うべきか。
「その調子よ。もう1つ。ラウル従兄さまと一緒に他の貴族の立て直し状況を確認に行ったのは、当時心を患っていたため旅行が有効と医師に言われ、ラウル従兄さまについでに連れて行ってもらったのです」
「はい! お嬢様が従兄のラウル様とご一緒に、領地立て直しの視察に行かれたのは、敗戦後の状況に心を痛めてふさぎ込んでいらして、気晴らしに旅行が良いと医師に言われたからです!」
「はい。もう1つ。お父様がお亡くなりになってひとつき、ここまで領地運営がなんとかなったのは、お父様が前もって数か月先までの領地改革計画書を作ってくださったからです!」
「はい! ご主人様がお亡くなりになってから『領地運営を知らぬお嬢様が代理人』でもなんとかなっていたのは、ご主人さまが領地改革計画書をあらかじめご用意なさっていたからです!」
「完璧よ、みんな!」
フィーナはパンパンと手を叩く。叩きながらも「こんな設定でどうにかなるのかしら……」と思うが、復唱していた使用人たちも全員「こんな設定でどうにかなるのかな……」と思っている。
「お嬢様、失礼ながら発言の許可をいただきましても」
「はい、どうぞ」
「正直にバラしてもいいんじゃないでしょうか。領地運営にお嬢様がもともとだいぶ関与なさっていたことを……」
「駄目よ……ハルミット家は王城近くの名門で、公爵様のお父上は長年この国の重鎮として扱われ、かつ、先の戦争をずっと止めるように進言なさっていたような方。きっと、この国の伝統やら何やらを重んじていると思うの」
彼女が言いたいその「何やら」は、貴族女性に求めるものについてのことだ。そんなもの、くそくらえだけど。とフィーナは心の中で呟く。
「だから、わたしが領地運営に首を突っ込んでいたとバレたら、まず、娘にどういう教育をしていたんだ、ってお父様の名誉に傷がつくわ。女性だという理由でわたしがサンイーツ子爵に何通の手紙を無視されていたか知っている? 5通よ。5通! 残念ながらこの国の中央にいる方々の認識はそういうものなの。それに、何よりわたしの貰い手がなくなってしまうわ……今でもないのに!」
今でもないのに。言って自分も傷つく言葉だが、使用人もみな「うう」と悲しげだ。彼女はいよいよ相手探しが難しい年頃になってしまった。そこに、領地運営に口出しをするような令嬢だと噂になれば更に敬遠されるのは皆もわかっている。彼女が言うように、この国はそういう国だから仕方がない。
「お嬢様」
「はい、ローラ」
「お嬢様が心を患っていらした設定は、なかなか無理があるように思われますが……」
「そこはわたしが善処します。今日からわたしは繊細な令嬢ということで……ええ……」
言っていて恥ずかしいのか、フィーナは最後に口ごもる。が、使用人たちからブーイングが起こった。
「それは無理だと思いますよ」
「人には内面から滲み出るものがあるわけでして……」
矢継ぎ早のクレームに、フィーナは頭を抱えながら
「だって、募集をしてもこれ以上のシナリオを誰も考えつかなかったんですもの、文句は受け付けられないわ……!」
と呻く。自分でも無理だとわかっている。彼女は基本的にメンタルが強い。そもそも、強くなければ「立て直し公の功績を見に行くわ!」と知りもしない貴族領に単身乗り込もうとするはずがないのだ。
「でも、そこはあちらがご存知なければわたしから『そうしていました』とは言わない部分だから、聞かれることはないと思うのよ」
使用人たちは憮然とした表情だ。そうだといいのだが、お嬢様が尻尾を出す気がする……そんな心の声が聞こえたが、フィーナは気付かない振りをした。
「とにかく。午後には立て直し公、違った、ハルミット公爵様ご一行が到着予定だし、設定変更はもう間に合わないのよ……既に領地内に入って迎えの騎士団とも合流しているのだもの」
そう。彼らにはもう時間がなかった。ハルミット公爵ことレオナールがフィーナに関する会話を騎士団員としていてもおかしくないからだ。
「わたしが領地運営をしていることがバレて、レーグラッド男爵令嬢はとうが立っている上に変わり者だという心無い噂を立てられることは困るわ。ヘンリーのために、多少はお金に余裕がある嫁ぎ先を見つけたいし、レーグラッド男爵家は女性にも男性のような教育を施されるなんて噂が流れたら、ヘンリーに嫁いでくれる令嬢も見つからなくなってしまうわ。色々気にしているのよ、一応、これでも!」
それは心無い噂ではなくただの真実なのだが……と使用人たちは心の中で突っ込む。だが、そこは黙し、誰も発言権を求めようとはしなかった。この邸宅の使用人はみな優しいのだ。
「お嬢様。正門が開きました。ご到着のようですよ」
ララミーに呼ばれて部屋を出たフィーナは、廊下で一度立ち止って深呼吸をした。ララミーもカークと同じく、フィーナを幼少期から見守ってきた年配の女中頭だ。
「ね、この、お母様が新しく編んで下さったレース襟、本当にこのドレスに合っている? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。よくお似合いです」
「昔からの伝統的な形だし、おかしくないわよね」
おかしいと言ったとしても、もう着替えている時間がない。フィーナがそういう「言ってもどうしようもないこと」を言うのは、緊張をしている時だとララミーは知っている。
確かにフィーナのドレスは上質な生地で縫われてはいるものの、パターンは昔ながらのもので装飾も少ない。最近王城付近で流行っている柔らかい布を幾重にも重ねたドレスや、刺繍を前身頃全体にほどこしたものや、レースをふんだんに縫い付けているものとはまったく違う。今日の装いは、繊細に編まれたレース襟を無地のドレスにかけ、その中央にパールのブローチをあしらっただけ。
もとより派手なドレスは得意ではないが、今日の彼女は「令嬢」として彼らに会うのではなく当主代理人として会うのだ。よって、格にあった品さえ保てば華美である必要はない。髪を後ろにひっつめるのは少し気負いすぎだと思い、髪の上側だけすくって後ろにふんわりとまとめ、髪飾りをつける程度に留めた。
「大丈夫ですよ。お嬢様はご自分が思っていらっしゃるより、ずっとお美しいですから!」
「お見合いじゃないのよ?」
少しばかり斜め上のことを言うララミーに苦笑いを見せ、エントランスに向かうフィーナ。
(お見合いの方が緊張しないかもしれないわ)
高鳴る鼓動にどうにかなりそうだ。フィーナは自分に「落ち着け、落ち着け」と言い聞かせる。だって、憧れの人だ。この2年間、彼女は「立て直し公は何を見てどう判断したのだろう」と彼の思考の轍を追おうと、何よりも彼のことを考えて過ごしていたのだ。
彼が立て直した領地に足を運んでいると、素人ながらにも「どうやら立て直し公は本物らしい」と気付く。もともとそう噂されていることは知っていたし、何より実績がある。だが、数多い彼の業績全てを追った彼女でなければわからない実感がそこにはあった。
フィーナが視察で見たものは、彼が立て直し以降見ていない「その後」だ。そこには、彼の正しさと立証するものが息づいていると思えた。領地に生きている人々の生活が彼の偉業を物語るのだと気付いた時、彼女は得も言われぬ感銘を受けた。領地運営というものはそういうものなのだ、と心が高鳴ったことを覚えている。
(本当は聞きたいことがありすぎて……コルト伯爵領の立て直し時に導入した畑に水を流す設備のことと、新たに植えた作物の選定はわたしが想像した理由で選ばれたものなのかとか……それから……)
口を開けたらすべてが駄々漏れになりそうなので、エントランスに辿り着くとフィーナはもう一度深呼吸をした。
「お嬢様」
カークの呼びかけに頷けば、扉が開けられる。最初に騎士団長が入ってきた。既にエントランスに人々がいることを想定していた彼は動じることもなく、左右に並ぶ使用人たちの列の先、中心に立っているフィーナに一礼をした。
「申し上げます。ハルミット公爵以下ご同行者2名をお連れいたしました」
「ご苦労様。すぐに入っていただいて」
「はっ」
騎士団長が合図を送ると、外で待機をしていた騎士団員の「どうぞ、お入りください」という声が聞こえる。すぐに、美貌の青年が堂々とした様子で入って来る。
「失礼する。レオナール・ティッセル・ハルミットと以下2名、国王陛下の命により参った」
その物言いはいくらか雑だ。正式な名乗りであれば、彼の場合は第8代ハルミット公爵、レオナール・ティッセル・ハルミット。これが正しい。が、こちらは男爵、しかも現在は非公認の代理人であるし「それぐらいは当然だ」と特にフィーナは気にしない。
使用人たちはほんの一瞬だけ彼を見て、一斉にさっと顔を伏せる。が、みなの心の声は一致していた。
((((顔がいい……!!)))
カーク以下使用人一同は、声にも顔にも出さなかったが、レオナールを見て全員が全員そう思う。顔がいい。少し目つきが冷たい気がするが、切れ長の目と美貌が合わさればそう見えても仕方がないだろう。そして、当然フィーナもまた「顔!!」という叫びを我慢していた。
(なんてこと……あんなにも仕事が出来るのに、その上お顔もいいなんて、天はもうちょっとわたしに一物ぐらい与えてくださってもいいんじゃないかしら!? 一、は贅沢でもそのうちの半分、いえ、半分の半分ぐらい!)
見惚れるわけでもなく、フィーナは「神様は不公平だわ」と呪った。彼女にとって彼が憧れの人ではなければ、もっとその顔に見惚れたかもしれない。おかげで、彼の美貌に心を奪われすぎることもなく、フィーナは渾身のカーテシーを見せた。
「ようこそ、遠方よりこのような僻地にお越しいただき、心より感謝しております。フィーナ・クラッテ・レーグラッドでございます。三ヶ月の間、よろしくお願いいたします」
「出迎え痛み入る。あなたがフィーナ嬢か。事故の話は聞いている。お父上は不幸なことであった。男爵夫人は弟君についていらして、領地に関することはあなたが現在やりくりをしていると騎士たちから聞いたのだが」
「はい。ありがたいことに、父は数か月先までの領地改革の計画書を残していたので、それに沿って出来る範囲のことをしております。公爵様、まずはお部屋へ。その後、お休みになられるか、邸宅内の案内を先に済ませるか、どういたしましょうか」
「いや、先にその計画書とやらを見せて欲しい。着替えてすぐにでも仕事に取り掛かりたい」
到着早々仕事モードだ。フィーナは「望むところだ!」と心が沸き立った。なんとなくその気配を察知したカークは「お嬢様はあれこれと隠す気が本当におありなんだろうか」と思ったが、当然口に出すことは出来なかった。