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29.感謝祭

 感謝祭当日、フィーナは午前中近くの町を訪れて、焼き菓子や干し肉などを配布している様子を見て来た。大きな祭りには出来ないものの、小さい催しはちらほらとあって子供達は楽しそうだった。


 帰宅後、昼食前にフィーナは騎士団の元に行って焼き菓子と干し肉を配布した。本来、焼き菓子は子供用だが、一回り小さいものを厨房の人々が焼いてくれた。騎士団員たちはみな「感謝祭に倣って」子供のように花を持ってそれを交換する。その「花」もレーグラッド男爵邸の庭園に咲いている花なのだが、フィーナは「ありがとう」と言って受け取った。


 レオナールたちは感謝祭とはいえやるべきことがあるので、特に顔を出すことなく粛々と作業をしていた。今日はマーロが先導してやっていたセダの実を木灰から取り出して、水につけて一晩さらす。レーグラッド男爵邸の裏で、井戸水を汲み上げるヴィクトルは「疲れた~!」とぼやいた。


「一週間干しましたけど、多分もっと干した方が正解だと思うんですよね」


「そうかもしれないな。更に干せばもっと小さくなるか」


「はい。他のものはまだ干しています。結構長い期間実が落ちているので、まだ拾えるようですし……足りなければまた採って来ましょう」


 レオナールは、木灰から取り出して綺麗に洗ったものを1つ口にしてみた。


「どうっすか?」


「違うな。先日食べたものより、ずっと風味が良い」


「ヌザンの実らしいでしょうか」


「多分。だが、マーロが言うように、もう少し干してからかもしれないな。次回を期待するか」


 男3人はそう言いながら、しばらく水にさらしてから更に水を入れ替える、と繰り返す。本来は流水にさらすべきなのだが、流水がこの辺りにはない。仕方がないので、手作業でしばらくは行なおうということになったのだ。


「明日にはマーロのところの商人が来る予定だな?」


「はい。実を見に行く話もついています」


 彼ら3人は毎日やることが多い。ひとまずはマーロに任せて、30分後に交代に来ると言って2人はそれぞれ部屋に戻った。




「うん?」


 自室に帰ったレオナールは、テーブルの上に置いてある袋を見つけた。わざわざ部屋に置いていくのはフィーナだろうと思う。見れば、焼き菓子と干し肉が入っている。


「花を返さなければいけないか」


 きっと、ヴィクトルの部屋にもマーロの部屋にも置いてあるのだろう。焼き菓子をくれた人に子供達は花を返すと聞いていたが、さすがに自分達が庭園の花を摘むのは違うと思う。


(ふむ)


 ソファに座って、先日フィーナから提出された文書を出してレオナールは読む。執筆の才能、という言い方をしたが、それは語弊があったと思う。


(普段はとっちらかっているが、こうやってまとめると筋道が見えやすい。一本、筋道があって、それから枝分かれをいくつもしている。が、筋は明らかに筋。彼女ぐらい極端なところがある方が、それがぶれないのだろう)


 会話をすると、あっちこっちへと話が飛んだり、斜め上のことを言い出したり。と思えば、はっきりとした部分は明確にいつも捉えている。そして、記述をする上では、その後者の部分が非常に重要だ。


 フィーナのノートは雑然としていたが、その中でも「筋道」は見えていた。それを元に例の領地改革計画書を作ったのははっきりとしている。だがそれでも彼女が思っているように、このまま彼女を代理人として育てようにもなかなか難しい。だから。


「わたしの我儘を聞き入れてもらえると助かるのだが……」


 独り言をぶつくさと言ってから、すぐに切り替えて次の作業に移る。今日の彼はやることが詰まっているのだ。




「フィーナ様、失礼します~っと」


 フィーナの部屋にヴィクトルが来訪する。感謝祭の日とはいえ、レーグラッド男爵邸は既に落ち着いており、フィーナもまた執筆活動に戻っていた。


「これ。すいません、こんなぐらいで」


「あっ、お花。別によかったのに」


「いやいや、さすがに」


 ヴィクトルは庭園から「買って」来た一輪の花を渡す。そもそもレーグラッド男爵家の庭園で花を売り買いなどはしないのだが、こればかりはとヴィクトルは頭を下げて「買わせて」もらった。


 なんとなく、すっとソファに座るヴィクトル。フィーナもそれを見て向かいに座った。


「どうでした? お昼前に町に行ってきたんでしょう?」


「ええ、いつもより活気があって……昔のように大きな催しは出来ませんが、みなさんで色々工夫をしてくださって、祭りの体になっていましたよ。嬉しいことです」


「そりゃ、よかった」


「みなさんがあちらこちらを視察してくださっているので、みなこれからどうなるんだろうと不安と期待に満ちています。これまで、期待をあまりさせられなかったので……とてもありがたいです。ですから、本当に感謝の気持ちを込めたのでお花はいらないんですよ」


「そう言ってもらえるとありがたいですけどね」


 そう言いつつもフィーナはヴィクトルから渡された一輪の花を覗き込んで「とても綺麗」と笑う。


「……えーっと、その」


「?」


「つかぬことをお伺いいたしますが、フィーナ様はその……ご結婚予定については」


「えっ?」


 フィーナは驚きの声をあげる。が、すぐに落ち着いて、困ったように笑った。


「レオナール様とその話はしましたけど、なかなか人がいないんですってね」


「!? えっ、もうその話を……」


「はい。とはいえ、その……なかなかいない中で選んでくださった方から……選ばなければいけなくなるんじゃないかなぁ~……って……」


 今度はヴィクトルが驚いて声をあげる。


「えっ、それで……それでいいんですかね?」


「えっ?」


 一体ヴィクトルは何が言いたいのだろうかとフィーナは首を軽く傾げた。彼の質問をどういう意味でとれば良いのかと、じいっと見ている。


「他に、何か?」


「えーーーーっと」


 ヴィクトルは呻いた。彼も本当は、レオナールの恋愛について口を挟もうとは思っていなかった。だが、フィーナの婿を自分たちが探していることはどうにもおかしく思えてきて「本当にフィーナはそれで良いのだろうか」とつい余計なことに足を突っ込んでしまったのだ。


「いや、その……たとえば、レオナール様なんてどうですかねぇ?」


 言った。ついに言ってしまった。が、それにフィーナは即返答をする。


「レオナール様にとって、何の良い点もありませんよね?」


「うっ!?」


 あります、と言い切れずにヴィクトルは口をへの字に曲げた。そう言われればそうなのだが……と困惑の表情になる。


「何もないので……あの、わたし、ここにいたいってお伝えしたんです」


「ここ……レーグラッド領に?」


「はい。なので……万が一にレオナール様がそのう、いえ、さすがに何のプラスにもならない話なので、でもまあ万が一にでもそういうお話をいただいたとしても……」


「ああ」


 それは確かにそうなのだ。レオナールと結婚をしてヘンリーが当主になるまで、レーグラッド男爵領を一時的にハルミット公爵領としていても。ヘンリーが当主になるには年数がかかる。その間、フィーナがここにい続けるわけにもいかないだろう。何故なら、彼女は彼女で跡継ぎを産まなければいけなくなるだろうし。


「わたしとしては、お断りをするしか……あれっ?」


 笑ってフィーナはそう言ったが、突然ほろりと涙が零れる。ヴィクトルは驚いて「フィーナ様!?」と叫んだが、フィーナは「あれ? なんでしょう、これは……」と言い出す始末。


「なんでしょう。わたし。どうして泣いているんでしょうか。不思議ですね……」


「フィーナ様、あの」


「ああ、びっくりしました……」


 そう言いながらフィーナはやはり笑うのだが、涙は止まっていない。ヴィクトルは「ちょっと待っていてください」と言ってその場を離れようとする。だが、フィーナは「駄目!」と何かを察して立ち上がり、彼に追いすがった。


「大丈夫です。何でもないですから。なので、あの……」


「そんな……」


「ですから、あの……レオナール様には言わないでください……お願いですから……」


「ええ~、待ってくださいよ」


 先日鉱山から帰って来た時の馬車の中でもそうだったが、レオナールもフィーナも自分のことをなんだと思っているんだ、とヴィクトルは思う。


「しかし、これ……」


 もう、フィーナには答えが出ているではないか、と思うヴィクトル。レオナールとフィーナの結婚が万が一にもあったら、自分は断る、とフィーナははっきりと言った。だが、泣いてる。誰が聞いても答えは出揃っている。ところが、次にフィーナの口からはとんでもない言葉が出て来た。


「黙っていてくださらなかったら」


「はい」


「ローラに手を出したことを、レオナール様に言いますよ」


「はあっ!? だっ、黙ります! いや、違う! 誤解です! まだ手は出してない!」


 一瞬で立場が逆転してヴィクトルはヒッ、と背筋を伸ばした。いや、そうではない。誤解だ。しかし……と思いつつも「うう……」と苦々しい面持ちだ。


「誤解? 本当に?」


「ほ、ほ、本当ですってば……すいません、あの、ちょっとそれ……レオナール様には内緒に……」


 今度はヴィクトルが頭を下げる番になってしまう。何故かフィーナは涙を拭いながら鼻息を荒くして「わかりました。でも、ローラのことはどう思っているんです?」と聞いて来る。


(やべぇ。バレてる……!)


 ローラに手を出してはいない。まだ。正確には、出しそうだった。だが、十分に周囲の様子を見ていたはずなのに、一体どこでフィーナは嗅ぎつけたのかとヴィクトルは焦る。


(まじで、めちゃ警戒してたのに、どうしてこの人が知っているんだ……!?)


「違いますって……ちょっと可愛いなーって……うう……いやあ、その……立て直し先では、そういうことはその……」


「そういうこと、というのは?」


 ヴィクトルは曖昧な笑いを浮かべた。フィーナも曖昧な笑いを浮かべて「では、そういうことで!」とねじ込んでくる。先程泣いていたのはなんだったんだ、と言いたくなったが、仕方なくヴィクトルは「わかりました」と嫌々約束をした。


(レオナール様~~~!!! フィーナ様は多分その気がありますよ~~~!!!)


 そう脳内で叫んでも、それはレオナールには届かないのだった。


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