27.鉱石
「この国は人材が足りないにもほどがないか?」
はぁ~、と珍しくも心底うんざり、といった顔でレオナールは書簡をヴィクトルとマーロに手渡した。
「何何?」
「えーっと……ああ、フィーナ様のお相手ですか……?」
「そうだ」
ヴィクトルとマーロは互いに顔を見て、それから「うーん」と唸りながらページをめくった。7人の候補が上げられているが、どれもどれ。
「そうですよね……早いうちに決めなくちゃって話でしたもんねぇ~」
そう言いつつも、どうにもこうにもピンと来ない。そもそも年齢。一番若くて32才。そこから35才、38才、39才。最後の方は40代が3人というとんでもない状態だ。
だが、内容そのものはまあ、一応、なんとか……と言いたくもなったが、35才の子爵令息は既にバツイチ。40代の2名も、既に嫁を失くしているとか、よくわからない状態でこちらに来るとのことで、どうもスッキリしない。
「一番いい相手がここにいるから、余計ひどく見えますよねぇ~」
とはヴィクトルの言葉だ。
「うん?」
「我々に説明されるほど、恥ずかしいことはないと思うんですけど」
それへ、レオナールは心底嫌そうな表情を見せる。
「お前たちは余程わたしを見損なっているな」
「そうですかね」
「そうだ」
ヴィクトルがその一覧をマーロに渡したところで、仕方なさそうに声に出すレオナール。
「一時的にヘンリー殿が成人になるまで、私が代理人になってどうする。そのあとは。これだけ、領地のことを愛して大切な時間を領民のために何年も捧げている彼女を、ハルミット領につれていくことは、わたしには出来ない」
「「えっ」」
そのレオナールの発言に、ヴィクトルとマーロはどちらも驚いたように口をぽかんと開ける。一体何が起きてそこまでのことを言い出したのかと思うほどだ。
「そういう話ではないのか?」
「あっ、いえ、いえ、あの」
ヴィクトルは驚いてそれ以上の言葉をうまく口に出せない。今の彼の心境を語れと言われれば「ちょっと予想以上に先走っていた!」だとか「見損なうっていうレベルじゃなかった!」という言葉になるのだろうが、とにかく「あんた、わかってそんなことを!?」という言葉が一番正しいのかもしれない。と、それへマーロがおずおずと尋ねる。
「わたしはよくわからないんですけど、レオナール様はフィーナ嬢がお好きなんでしょうか」
「……うん……?」
「「……」」
2人は「はあ~」と項垂れた。自覚が突然やって来た、と大喜びをした自分達が嘆かわしい。
「とはいえ、今はまた少し状況が変わったからな。フィーナ嬢に依頼をしたものが出来たらとか……ああ、そうだ。マーロが手配した者はいつ頃到着予定だ?」
「あと5日ほど後になると思います。実を一週間干したものを先程木灰に入れました。残りのものも、1週間経過ごとに入れて行こうと思っています」
マーロはセダの実の話をする。実際に彼らが思っている「ヌザンの実」かどうかはわからないが、そうだという前提であく抜きの実験をしている。それと共に、実際にヌザンの実を売り買いしている商人をわざわざレーグラッド男爵領に呼び寄せた。というのも、マーロの実家は商家であり、たまたまこの国に近い場所にその「ヌザンの実」を扱ったことがある商人がいたからだ。
と、その時、バタバタと足音が聞こえた。ノックの音。返事をすれば、慌ててドアが開く音が聞こえる。
「失礼いたします」
「どうした? カークか」
「はい。あの、レオナール様、こ、鉱山の調査員が訪れまして……」
「うん?」
「で、出たそうです……とんでもない量の鉱石を含んだ地質が……!」
3人はその言葉にガタッと腰を浮かせた。
鉱石を含んだ地質を発見したという話だが、そこを掘れるかといえばまた別のこと。目当てのものは、フィーナが「あそこで赤いものが……」と言っていた、辿り着くのも危険な場所の一角だった。ひとまずその場所に鉱石があるということは、別所から掘っても出るのではないかという判断がなされたという。
調査員たちは細かな説明はともかく、まずは見てくれと削った岩を3つ取り出した。
「わあ……」
フィーナは驚きでそう言ったきり言葉がない。最初に小さなものを2つ。それから、どん、とテーブルの上に置かれたものはかなりの重量がある石だ。そして、削った内側にはみっちりと赤い鉱石が光っている。
「ちょうど角度が悪く、これ以上はそこからは採れなくて。なので、別方向から掘り進めていくしかなさそうです」
「凄いな」
「まだはっきりとわかっていませんが、多分これは……産地が大変少なく貴重な深紅玉石ではないかと。硬度が高く、大きなものが採れないと言われておりますが……」
「大きいな」
フィーナ、ヴィクトル、マーロはほぼぽかーんとしている。調査員は「地層の関係でそう多くは採れないかもしれませんが、深紅玉石はこれだけでも相当の価値があります」と説明をした。
「エーレント公国の石として有名ですので、これは専売を取り付けられるのではないかと思います」
「ああ、そうだな」
もともと「売れた」と言っていた鉱石は宝飾としての価値を見出されたので、同じものが出たらそうなると。だが、今のシャーロ王国は宝飾品を華美に振る舞うようなことが出来ない。貴族たちの懐具合が厳しいのだ。
だから、それを考慮して王城の金で鉱山調査を進めた。商売を始めるとなると、鉱石の加工をして輸出をすることは必須。しかし、エーレント公国の石とされている深紅玉石であるならば、話は別になる。
「エーレント公国でしか採掘されないと言われていた石がここで出るとはな」
「はい。しかも、エーレント公国で鉱山がいくつか閉鎖して、年々量が減っています。そして、エーレント公国はなんといっても中立国なので……」
「うん。たとえシャーロ王国が敗戦国だとしても、エーレント公国は一国として扱ってくれる。良い取引相手になるということだ」
フィーナは恐る恐る手をあげる。よくわからないがレオナールが「フィーナ嬢」と言えば、発言権を得たように話し出す。
「以前採掘した時はこんなに大量に出なかったので……岩から削り落としたものをそのまま売っただけでしたが……こ、これは、本当にあそこにあったのですか?」
「はい。量はわかりませんが、それなりにはあるのかなぁと。ただ、どこまで掘り進められるのかはわからないので、そちらの算段もしなければいけません。もう少々お時間をいただけますか」
「は、はい……」
「それから、サンプルを王城に届けることになると思いますが、既にここから割った少量を持っていくことにしましたので、この部分はお使いいただければと」
「いえ、いえ、使うも何も……こんなことになるなんて……えーっと、王城に?」
「はい。我々の雇い主は王城ですから」
鉱山の調査員は王城で手配をしているので、当然報告も王城に行なう。ようやくフィーナは
「あっ、だから、鉱山の調査員は……」
「そうだ。もし、鉱石が出た場合はすぐに国に動いてもらおうと思って」
とレオナールが言えば、フィーナは頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」
「いや。まだ見込み段階だし、先が長い話だ。とはいえ、これほどのものが採れてしまうと、どうにも心が先走ってしまうな……」
そう言わざるを得ないほどの立派さに、レオナールは苦笑をする。それへヴィクトルも「いや、これは本当にびっくりですよ……」と同意をしながら鉱石を眺める。
「正直な話をすると、鉱石の加工までは考えていませんでした。領内でそれは手が足りないので……」
「大丈夫だ。エーレント公国相手では、原石での輸出となるだろう。最高の相手だ。専売になるだろうし、原石での輸出だろうし。とにかく、おめでとう、ということだ」
「はい! ちょっと話が大きすぎてよくわかりませんが、予想以上の収穫ということですよね……? 合ってますか?」
「うん。合っている」
「よかった! 調査員の方々もありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします!」
満面の笑みでそう言うフィーナ。調査員もみな「こちらこそ」と頭を下げ、晴れやかな表情だ。彼らの仕事はむしろここからの算段になるのだが、まず第一段階をクリアしたと言えよう。
「では、我々はこれで」
調査員たちがレーグラッド男爵邸を出ていくのを見送るフィーナたち。それに合わせてカークやララミーといった使用人数名がやってきて並ぶ。馬車が出て門をくぐっていけば、フィーナは使用人たちに「鉱石が出たんですって!」と報告をした。
「本当に鉱石が出たなんて、もう逆にびっくりしてしまって……」
カークはそう言ってぼんやりとするし、ララミーは「こりゃお祝いですね!」と先走る。それをフィーナは軽く止めながら
「あの石、どうしましょう?」
テーブルに置きっぱなしで放置してきてしまった石をどうしよう、と困惑をするフィーナ。ヴィクトルがレオナールに尋ねる。
「とりあえず、小さいものは1つだけ売り飛ばしますかねぇ?」
「正規の金額は算出しかねるだろうが……」
「それでしたら、わたしの家の者が来るのをお待ちいただけると」
とマーロが言う。
「単発の依頼での買い取りは出来ると思います。さすがに、うち程度ではあの大きなものは厳しいですが、小さなものでしたらきっと」
「そうか。助かる」
「ありがとうございます。マーロ様、よろしくお願いいたします!」
そう言うと、フィーナはぱしっとマーロの手を両手で掴み、見上げる。
「はっ、はい……」
どうやらフィーナは「そう」だとは言わないものの、相当浮かれているようだった。浮かれているが、どう喜んでいいのか方向性がわからない。わからないが浮かれている。
「みなさまもありがとうございます。少しでも前進出来たこと、本当に嬉しいです……!」
ぱっとマーロの手を離してからレオナールとヴィクトルにそう言うフィーナの頬はほのかに紅潮している。
「本当に良かったな。ひとまず、マーロの家の者が来るまでどこかへしまっておいたほうが良い」
「わかりました! どうしましょう、金庫のようなものがうちにはあったかしら」
「ああ、それでしたら……」
やいのやいのとフィーナとカークが話している間、マーロは
「事故のようなものです……」
と、震える声で絞り出した。それへ、レオナールは
「何も言っていないぞ」
と静かに、しかし、低い声で返すのだった。




