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26.感謝祭準備

 レオナールは執務室に「今日のうちに」と足を運んでいた。今日は男性3人とも同じように動いたし、特にこれといったこともなかったので早々に話し合いを終えていた。明日は午前中の荷の積み込みを手伝ってから、午後視察に出る予定になっている。その前準備に必要な書類をいくつか漏らしていたと気付いて一人で執務室に行ったのだ。


(思ったより時間がかかってしまったな……)


 資料をあれこれ探していたら、少し時間がかかってしまった。こんなことならば、フィーナに頼めばよかったと後悔をするが時すでに遅し。自分も早く眠らなければ……そう思いながら廊下を歩いていたが、フィーナの部屋の前で足が止まる。


(まだ起きているのか?)


 扉の下からわずかにだけ漏れる灯り。


(そういえば)


 フィーナの部屋の扉が歪んでいて、夜になると灯りが漏れてしまう、という話を聞いていた。が、それをフィーナは「別に困らないし」と言っていたことも。きっと、それは彼女の本心ではないとレオナールは思う。


(直すための金を使いたくないのだろう。かといって、わざわざ部屋を替えることもしたくない。多分そういうことだ)


 カークやララミーには「そんなお金、うちにはないのよ!」と正直に言っているかもしれないと思う。それにしても、こんな遅い時刻に起きているなんて、一体どうしたのだろうかとレオナールは試しにノックをしてみた。


「フィーナ嬢?」


 返事がない。灯りをつけたままにしているだけなのか、それとも。普通の男爵令嬢であれば、彼女が眠りにつくまでは護衛騎士もついているだろうし、女中もついているはずだ。だが、ここにはそんな予算がない。どうせ奪われるものもないからと、夜になればみな眠る。門や邸宅の出入口等には配置をされているが、彼女の部屋は無防備だ。悩んで「失礼する」と扉を押せば普通に開いた。


「眠っているのか?」


 ソファに座って、すうすうと寝息を立てているフィーナ。その様子を見て、レオナールは一瞬戸惑う。


(何だ? わたしの目がおかしいのか? 可愛いな)


 一見失礼な物言いだがそれをもしフィーナが聞いていたら「あっ、寝間着が新しいからですね!」「髪につける香油を変えたからでしょうか」「今日はマッサージを念入りに受けたので」と矢継ぎ早に説明をされるところだっただろう。だが、その内容をレオナールは知らない。


 ララミーが聞けば「そうでしょう、そうでしょう、ちゃんと本気を出せばうちのお嬢様は……」と誇らしげに言うに違いない。だが、フィーナはぐうぐう寝ているし、ララミーもまた既に眠りについている時刻。


(うん……?)


 見れば、テーブルにはチャームが袋の上に置いてある。それは、自分が彼女から渡されたものと同じチャームでは、とじろじろと眺めるレオナール。


(どういうことだ? 女性のものは花のモチーフがどうのと言っていたが……)


 まさか。自分のものとお揃いにしたかったのだろうか。


(最後のひとつにすると言っていたが……それは嘘だったのかな……)


 そう思えば、体がかあっと熱くなる。なんだ、これは。彼女が自分と同じものを持っているということがこんなに恥ずかしくて、そして嬉しいとは。口元を手で押さえて、しばし瞳を閉じる。静かに心に問えば、答えは一つだった。


「……重症だな……」


 そのまま声をかけて起こそうかと思ったが、一瞬ためらった。チャームを見なかったふりをした方が良いのかどうなのかをレオナールは悩む。だが、彼はいつでも結論を出すのが早い。


(とりあえずは、しまおう)


 ちらりとフィーナを見れば、起きる兆しがない。よく眠っている。起きないでくれよ、と心の中で強く願いながらチャームを袋に入れた。


(よし。これで、起こしても)


 良いだろう。そう思って「フィーナ嬢」と何度か呼んだが、ぐうぐう眠っているフィーナは起きない。仕方がない、とそっと肩をゆする。効果はてきめんで、フィーナはびくっと体を震わせて目覚めた。完全な寝落ちをしていたようで、ぼんやりとしている。


「ふあっ……?」


「フィーナ嬢。きちんと寝た方が良い」


「あっ、あれ?」


 突然のことで、ぼんやりとするフィーナ。きょろきょろと室内を見渡して、それから「えっと……レオナール様?」と困惑の表情を見せた。


「あなたの部屋から光が漏れていたので、声をかけに来た」


「あっ……ありがとうございますっ……」


 そう言いながら、フィーナはちらりとテーブルの上に置いたチャームを見た。自分はきちんと袋に入れたらしい……そう思って、ほっとしたようだ。


「大丈夫か? 調子が悪いとか、そういうことは?」


 言いながら顔を近付ければ、フィーナは「ひぃっ!?」と間が抜けた声をあげて硬直をする。


「だ、大丈夫、ですっ! 顔、顔が近い……」


「うん?」


「顔が、近いです……うう……顔が、よ、良い……」


 言いながら、どうしたら良いのかわからず、両手で顔を覆うフィーナ。レオナールは笑いそうになったがなんとかそれを堪えた。


「とにかく、ベッドで寝てくれ。では」


「ありがとうございます……あっ、おやすみなさい!」


「うん。おやすみ」


 眠る挨拶を交わして部屋を出るレオナール。ここで、わざわざ呼びとめずにそのままおやすみと言われるのは心地よい。


(顔が良いと言われることは慣れたものだが……)


 と、ヴィクトルが聞けば「まーたこの人は」と言われるようなことを考える。しかし、それも当然だ。どこに行ってもそればかり。特に女性にはそう言われてしまうのだから仕方がない。


(フィーナ殿に言われるのは悪くない。むしろ、どうして今まで言わなかったのだろうか)


 だが、それには答えも出ていた。自分もそうだ。確かに彼女は黙っていれば――それはそれで失礼な話だが――美人だ。それは何故か鉱山で再認識をしたが、先程の眠っている様子を見てもそう思った。今更何を言っているんだ、と人々に言われそうだが、はっきりと気にしたのがその時だったのだから仕方がない。では、何故気にしたことがなかったのかと言われれば。


 それに、あのチャーム。自分が持っているものと同じ。それを彼女が手に入れているなんて。


 レオナールは半分ぐらいは正解、半分は不正解になることを考えながら、自分の部屋にと向かった。彼は、なんだかんだで結論を出すことが早い男だ。残念ながら、特にフィーナからの言葉を貰っているわけでも何でもないのが大問題だったのだが。




「顔が良いとか言ってしまったわ……いえ……それはまさしくそうだったんだけど……」


 フィーナは素直にベッドに倒れて悶絶をしていた。まさかレオナールに起こされるなんて思ってもいなかったし、起きたら起きたで少しばかり呆然としてしまって「一体今何が起きているのか」とぼんやりしてしまった。と、思えばレオナールが覗き込んでくるしで、もうどうしようもない。


(あの夜のことを思い出した日に、なんてこと……)


 近付かれれば、思い出してしまう。彼に抱きしめられた時のこと。フィーナは膝を折って、ぎゅっと体を丸める。駄目だ。今日はとにかく寝よう。明日になれば何かが変わる、あるいは何も変わらずにまた過ごせるに違いない。そのどちらが自分にとって必要なのかはわからなかったが、フィーナは瞳を閉じた。だって、それしか出来ない。自分はそれしか出来ないのだ……。




「こっちの荷馬車には、ガルト地域の荷を入れて!」


「粉から行きます!」


 翌日の午前中、感謝祭の荷物をとりに順番に荷馬車がやってきた。おおよその時間は割り振っていたが、来る方もきっちり時間通りではないし、運び込みも時間通りではない。結局複数の荷馬車を待たせてひとつずつの作業を行うことになったり、ぽっかり時間が空いたりと忙しない。


 人々が積みこんでいる間、カークとフィーナは代表者に感謝祭の内容を確認したり、あれこれと話をしなければいけないため、慌ただしいまま時間が過ぎていく。


「では、これで」


「はい。良い感謝祭にしてくださいね」


「はい! ありがとうございます!」


 代表者がフィーナに頭を下げる。


「あっ、そうだ……ハルミット公爵様は、どちらに?」


「えっ? 今、荷運びを手伝っていて……」


「お呼びして来ましょう」


 フィーナの答えを待たずに、カークが気を利かせてさっとその場から去る。


「レオナール様が何か?」


「御礼を直接申し上げたくて……わたし共の地域に先日来ていただいた時、家畜を見ていただいたんですがね。アドバイスをいただきまして」


「まあ」


 すると、遠くからレオナールが歩いて来る様子が見える。フィーナは今朝は朝からバタバタしていて食事を共にしていなかったので、しみじみ彼と会っていなかった。改めてそちらを見れば、彼は荷運びのため袖をまくりあげており、いつもよりもラフな格好だった。


(かっこいい……殿方の腕って、どうしてこう……)


 かっこいいんだろう、と思いつつ、フィーナは内心「平静、平静……」と呟いた。レオナールは代表者の顔を見て、軽く手をあげた。  


「ああ、これは。先日は助かった。ありがとう」


「いえ、いえ、助けていただいたのはこちら側です。あれからちょっと飼料を変えて、それから外に出す時間も増やしたら少しずつ良くなっていって」


「そうか。よかった。日照時間が減ったらその頃にはまた飼料を変えると良いと思う。この地域ではそうやって凌ぐのが一番効率的だ。季節に合わせるのは最初は難しいかもしれないが、まず半年試してくれ」


「はい。わかりました」


 そう言うと代表者は頭を下げ、荷馬車に乗り込む。彼が去るのをレオナールとフィーナは並んで見送った。


「レオナール様! 次の荷馬車が入りますよー!」


 ヴィクトルの声だ。レオナールは「じゃあ」と言って軽く会釈をして走って戻っていった。フィーナも慌てて「はい!」と答え、彼の背を見送る。


(なんだか、とても嬉しいわ)


 レーグラッド男爵領の人々とレオナールが、自分が知らない間にあれこれ話し合っている。ほとんどは報告書に記載されているので、フィーナも話は知っていた。だが、どんな風に話し合いがされて、どんな風に相手が捉えているのかは、報告書からはわからないこともある。


(レオナール様が、あんな風にみんなと話をして……きちんと認めていただいているなんて良いことだし)


 それに、やっぱり何よりも嬉しく思う。人々に言って回りたい。ほら、わたしの憧れの人は凄いでしょう、と。そう思ったのだが……


(憧れの人……)


 フィーナは胸に手を当てて、ふと思う。何だろう。その言葉に何か違和感がある。ほんの数日前までには普通にそう思っていたのに。答えはすぐそこにあるが、一瞬目を閉じて軽く首を振った。


「お嬢様、ハスール地区の代表者です」


「あっ、はい!」


 物思いにふける暇はない。フィーナはカークが連れて来た男性を笑顔で迎えた。今日は一日忙しい。

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