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24.鉱山の朝陽

 ここ2日ほど、鉱山の調査員はまだ暗いうちに宿を出て鉱山に向かっているという。その為、彼らが宿泊している宿屋の主は彼らのために朝食も昼食も大きなバスケットに詰めて持たせている。調査員たちがレーグラッド領のために動いていることを知っているので、人々は彼らに協力的だ。


 そんな調査員たちから「とんでもなく朝陽が美しい場所がある」と余談とも言える報告を受け、フィーナは「それは是非見たいものだわ」と言い出した。話を聞けば、多分今の時期のみに見えるらしいとのことだった。


 朝陽を見るにはまだ暗い時刻に向かわなければいけない。フィーナを馬車のボックスに一人残さぬようにと気をつけながら、レオナールたちも同行することになった。


 早朝よりも早い時刻、要するにまだ夜。4人は眠さに目をこすりつつ起きて、護衛の騎士団員と御者と共に出発をした。




「おはようございます。夜はまだ寒いですね」


 フィーナが笑いながら馬車から降りて行けば、調査員たちもにこにこと笑っている。


「おはようございます。いやぁ、本当にこの時刻はちょいと寒いですねぇ~」


 既に調査員はみな揃っていた。彼らは夜に光る石があるのではないかと考え、ここ数日はこの時間に来ていたが……などと説明をしてくれた。それから、彼らを筆頭に少し歩く。こんなところまでは行ったことがない……フィーナがそう言おうとした頃、ぴたりと足を止めた。そこは、ほんの4,5人だけが見られる隙間がある場所だ。


「あの山と山の間に姿が見えるんですよ。なかなか良い時刻にいらっしゃいましたね」


 調査員たちは「自分たちは何度も見たので」と言いながら場所を譲る。既に地平線に朝陽が出たようで、まだ見えないもののほのかに明るさが広がっていくように思えた。


「あ……!」


 すると、遠くの山と山の間にぬるりと太陽が見えて来た。日の出だ。


「すげぇ」


 ヴィクトルが最初に声をあげる。その日の出はちょうど山と山の間から昇って来る。大きな太陽がふわりとあがる姿は平地で見るよりも迫力があった。


「わあ……山や森が多すぎて、この辺りではこんな綺麗に見えないのに……」


 彼らを一斉に照らす朝陽。それが、あまりにも美しくてフィーナは目を丸くした。


「こんなに美しいものがあるのね! なんて、素敵なんでしょう……!」


 しばしの間、人々はそれ以上何も言わずに朝陽を眺めていた。やがて、ヴィクトルとマーロは「すごいすごい」と言いながらその場を離れ、鉱山の方へと歩いていく。騎士団員と御者はそれと入れ替わるが、フィーナは感動をしているようでその場から動かない。彼女が他者への気遣いを忘れてまでもその光景を見たいのか、とレオナールは思う。


 やがて、フィーナは「は!」と正気に戻ったが、見れば周囲に人はいない。御者と騎士団員は再度馬車付近に戻っていた。


「大丈夫だ。まだ見ていたければ」


 ヴィクトルとマーロは鉱山の説明を受けているだろうし、とレオナールは笑う。それへ、フィーナは照れくさそうに微笑んだ。


「わたしたちの領地は田舎で、流行りのものは何もなくて、これだけがあればなんとかなるという産業も今はありませんが……本当に素敵な場所なのですね……」


「ああ、そうだな」


「わたし一人では守れなかったと思うんです。ですから、来てくださって、本当にありがとうございます」


「王城に言われて来ただけだ。陛下に礼を言ってくれ」


 形ばかりの言葉になってしまったが、レオナールはそう言った。間違ってはいない。正しい。だが、彼女に礼を言われることは嬉しく思う。


「領主が領地について誇れるのは、幸せなことだ」


「領主……?」


「今のあなたはその名で表せるだろう。わたしたちだけでは、領主にはなりえない。あなたのように、この地を愛していなければ」


 フィーナはもう一度「ありがとうございます」と言ってから朝陽を見た。既に朝陽と呼ぶには既に上に昇りすぎているかもしれないが、一日の始まりを見せるその姿は神々しさすら覚える。


「フィー……」


 そろそろ良いのでは、とフィーナに声をかけようとしたレオナールはその場で留まる。朝陽に照らされた彼女を「綺麗だ」と思ったからだ。


(こんな風に、誰かを綺麗だと思って見ることなぞ、なかったな……)


 ずっと、忘れていた。彼女は口を閉じて立っていればそれだけで美しい。ふわりと心に湧く思いに軽く驚く。


(だが、普段の彼女の方が、ずっと彼女らしい)


 そのことをはっきりと意識する前に、フィーナはレオナールからの視線に気付いてこちらを向いた。


「レオナール様?」


「ああ。もう、昇ってしまうな」


「そのようです。とても、綺麗でしたね! 来て良かったわ」


 そう言って笑うフィーナを見て、レオナールは「ああ」とだけ頷く。


「もっとたくさん、素敵な場所があるのかしら。わたしが知らないような場所が……」


「そうだな。あるのかもしれない」


「お伺いした領地に、そういう場所はありました?」


「確かに、みな『そこならでは』という場所はあったな。観光になる場所もあれば、そうではない、なかなか来られないここのような場所もあったが……」


「そうなんですね。ね、それを今度はレオナール様が書物にしたらどうですか?」


「何?」


「そうしたら、みんなそんな土地に行ってみたいと思うんじゃないかしら。あっ、観光にはならないかもしれないけれど、それでも……」


 何気なくフィーナは口にしたが、それへ驚きの表情を見せるレオナール。


「何か?」


「いや……そうだな。それも悪くないな。なるほど。考えもしなかった」


「何より、レオナール様が何かを執筆なさるのは面白そうなので」


「そこか」


 レオナールは苦笑いを浮かべたが、なかなか悪くない話だとは思う。今の状態ではとても手に余ることだが、落ち着いたら。


(落ち着いたら……か。そうだな。ヴィクトルとマーロにも任せられるようになってハルミット公爵邸に戻ったら……)


 ハルミット公爵邸に戻ったら。そうしたら、自分もまた腰を据えて伴侶を探すことになるのだろうとふと思う。


(伴侶か……)


 自分の伴侶。ずっと忙しくて考えることがなかったが、フィーナが書き綴ってくれているものが完成すれば、少しは手が空くはずだ。いや、そう簡単にはいかないが、一年、二年後には、と考える。


 誰でもいい、と思っていたが、あれこれと女性たちから声をかけられ、誰でもはよくないということがわかった。いや、それは今のこの国の状況では仕方がないのだろうが、行く先々でレオナールに声をかけてくる女性たちは少なくともよろしくはない。


(それに、この国の女性は)


 なかなか面倒だ。それまでは気にしなかったが、行く先々の女性を見ればそう言わざるを得ない。何も知らない、何も出来ない、そんな女性たちを愛する男性は多いだろうが、残念ながら自分はそうではなさそうだとレオナールは思うのだった。




 帰りの馬車では、朝早かったせいでヴィクトルとマーロはうとうととしていた。レオナールとフィーナは特に何を話すわけでもなく、隣同士――レオナールは既に彼女への警戒を解いている――に座っていた。


 鉱山の山道を抜けて下山をする。と、突然馬車ががくんと揺れた。


「きゃ……!?」


「おっ……と」


 止まる馬車。前に投げ出されそうになったフィーナを、隣に座っていたレオナールが腕を出して抱きとめた。


「わあっ!?」


 驚いてヴィクトルは目覚め、慌てて御者に「どうした!?」と尋ねる。


「すみません! 突然動物が出てきて……!」


「は? 動物?」


「もう過ぎ去りました。申し訳ありません。騎士団員と馬車の間を駆け抜けていったもので」


 騎士団員が仕方なさそうに頭を下げる。ヴィクトルは「わかった。気をつけてな」と言って腰を掛けると、再度馬車は動き出した。


「?……どう、しました?」


 マーロは未だに眠ったままだ。幸せな奴だな、とヴィクトルは心の中で思ったが、それよりも目の前の状況に驚いている。


 前のめりになって座席から腰を浮かせてしまったフィーナを抱きとめているレオナール。馬車が普通に動き出しても、2人の様子はそのままでおかしい。


「あ、あ……」


「フィーナ嬢?」


 レオナールは怪訝そうな表情でフィーナを見ている。彼女の手はレオナールの腕にかけられており、そのせいでレオナールは腕を引けない。


「あ、の……あのっ……」


「どうした……?」


 じわじわとフィーナは顔をあげてレオナールの顔を見る。


「あのっ……わた、し……」


 彼女の頬は紅潮しているものの、体はレオナールの手から離れない。やがて、彼女の手がレオナールの腕から離れる。ゆっくりとレオナールはフィーナを座席に腰掛けさせて、腕を自分から離した。それへの抵抗はないが、すとんと座ったフィーナは「ああ……」と声を漏らした。


「わ、たし……あの日も、あのっ……お、お世話に、なり、ました……」


「え?」


「お、思い……出し、まし、た……」


 絞り出すように言って、フィーナは両手で顔を覆って俯く。どんな顔を見せれば良いのかがわからない様子だ。ヴィクトルはそれだけで察した。彼女が言う「思い出した」は、前回の鉱山帰りに過呼吸を起こしたという話だ、と。だが、詳細を知らない彼は「あっ、そうなんですね」とあっさりと言う。


「思い出した、とは?」


 レオナールは彼女から決定的な言葉を聞きたいのか何なのか、問い詰める。


「あの、ありがとうございます……」


「……ヴィクトル」


「はっ、はい!」


「寝ろ」


「む、無理を……は、はい、寝ます……寝ます……」


 そう言いながらもヴィクトルは「フィーナ様~!」と心の中で願う。が、当のフィーナは思い出したせいで大パニックになっており、それどころではない状態だ。ちなみに、マーロは情けないほどぐうぐうと眠り続けていた。

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公爵の話を夫人がまとめて、逆土佐日記。王国の女流文学の走りになったりして。
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