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22.マーロとのお出かけ


 数日後、レオナールとヴィクトルは2人でガタゴトと馬車に乗って視察に向かっていた。マーロは例のヌザンの実についての返事を手に入れて、木灰を作ろうと使用人たちと共に邸宅の裏に枯れ葉や木材を集めたりと別行動だ。


「……フィーナ嬢はわたしの弟子だったのかな……」


「2年分の質問が早速飛んできて凄まじいですね」


 レオナールは早々にフィーナの熱量に敗北宣言をしていた。2人で話しているとあまりにもフィーナが貪欲すぎるため、ついレオナールも部下に接するように少しずつ厳しくなっていき、最後には何を言ってもフィーナが「はい!」「不勉強で申し訳ありません!」などと、勉学熱心なその辺の貴族子息のような返事をきびきび返すようになってしまう。駄目だ。相手は「あんなでも」貴族令嬢なのだ。


「夫人に恨まれてしまう」


「レオナール様がほどほどにしてさしあげないと」


「わたしの仕事の負荷がありすぎるように思うのだが、気のせいだろうか」


「でも、ほんと助かりますよね。だって、希少ですよ。レオナール様の美貌にうつつを抜かして変なことを企んだりしないで、純粋に領地経営のことを学ぼうとしてくれるご令嬢なんて、今後もいないでしょうし」


「そうだな……」


 浮かない顔を見せるレオナール。レオナールは仕事量が多少増えても簡単に音を上げる人物ではない。特に、今回のフィーナの件は彼らの方から提案したことに付随しているわけだし、フィーナが貪欲に質問をすれば良い資料作りに繋がるとわかっているのだし。


(なんでちょっと元気ないんだろう、この人……)


 ヴィクトルが内心そう思っていると、レオナールは


「本当にわたしの顔は良いのか?」


 と、呆れるような質問をしてきた。


「は!? それ、他の人に言わないでくださいよ。刺されますよ!?」


「顔のことで? そんなに大事なことなのか?」


「大事なことじゃないなら、逆に今顔のこと聞かなくていいですよね?」


「わたしにとっては大事ではなかったが……いや……わたしがわたしの顔をどうとも思わぬように、わたしの顔をどうとも思わぬ者がいてもおかしくはないということだな。うん。ならばそこは問題ないな……」


「ええ? 何ですかその結論……」


 と言いながら、ヴィクトルはハッとレオナールの言わんとすることにようやく気付いてしまう。


(まさかこの人、フィーナ様が自分の顔をなんとも思ってないことを気にしてる……?)


 そんな逆転現象が起きるなんてどうかしている。今まで散々、その美貌と肩書のせいで面倒な令嬢たちにアピールされてうんざりしているのに、いざ、まったくその気配がない相手が出てきたら突然自分の顔に自信を無くすとか、身勝手がすぎる。


(いいや、待て待て。これが、もともと顔に自信があるぞっていい気になってるやつなら笑い話に出来るが、そうじゃない公爵がなんで拗らせてるんだ……?) 


 まさか。そんな。


(フィーナ様が、あまりにもレオナール様になびかないで領地経営の話に熱をあげているから、いまさら自分の顔の良さに疑問を持つって、なんだこれ、それじゃまるで)


 なびいて欲しいみたいじゃないか。この人はわかっているんだろうか……そう思いながらレオナールの顔をじろじろと見れば、冷たい声で「お前に見られると穴が開きそうだ。見るな」とレオナールに言われてしまった。理不尽だ。




「フィーナ様。仕事の話ではないのですが、ちょっとお伺いしたいことが」


「マーロ様? 木灰の材料は集まりました?」


「はい。おかげさまで。あとは風が少ない日にみなさんに燃やしてもらうお願いをしました」


 書斎から書物を運んでいたフィーナは、廊下でマーロに声をかけられた。


「ああ、お持ちしますよ」


「大丈夫ですよ、これぐらい」


「いえ、遠慮なさらず」


 マーロはすっと彼女の手から本を預かる。嫌味でもなく、無理矢理という感じもしない。レオナールとヴィクトルの後ろに付き添っていることが多い地味な彼だが、こういった優男ムーブはそつがない。むしろ圧がない分頼みやすい……とフィーナは思うが、きっとレオナールがそれを聞いたら「圧とは……?」とヴィクトルに問うだろう。仕方がない。レオナールは顔がもう圧だ。


「実は……」


 仕事の話ではないため、わざわざ足を止めて話すほどのことでもないようだ。マーロの話を聞いたフィーナは「まあ、それなら、今日これから一緒に出掛けましょうか? 今日は少し余裕があるっておっしゃってましたよね?」と彼を外出に誘った。




「マーロがいないんだが」


「ああ、マーロ様はお嬢様と一緒に外出していらっしゃいます」


「フィーナ嬢と?」


 レオナールたちは別行動だった日は早めに情報共有をする。邸宅に戻ると同時にマーロの所在を確認するレオナールに、カークは穏やかに返事をした。


「急な予定が入ったのか。何か問題でも」


「いいえ。この季節のお買い物に行くとかなんとかで、特におおごとがあったわけではないご様子でした」


「そうか。ありがとう」


 ありがとうと言いつつ、レオナールの表情は若干険しい。


 今日の分の仕事が終わっていれば、マーロの時間は彼のものだ。いちいち夜まで何かは必ず仕事を見つけてしていろ、と言おうとは思っていない。だが、基本的にマーロは仕事熱心で「今日は休み」と明確な休暇でない限りは、何かを必ずやっている。そういう人物だ。だから、いささか意外に思えたのだ。


(荷物持ちならば騎士団員に頼めばいいことだし、そもそもフィーナ嬢が何かを買おうと街に繰り出すことは初めてだな……季節の買い物とは一体なんだ?)


 さすがにこれだけ毎日顔を合わせていれば、少しずつフィーナのこともわかってきた。彼女は基本的にあまり物欲がない。きっと、それが他の貴族令嬢との大きな違いなのだろう。勿論、領地経営が傾いている今、贅沢が出来ないことをわかっていて自然とそうなっているのかもしれないが、そういう「欲深さ」「欲のなさ」というものはちょっとした会話で滲み出るものだ。


 だから、なんとなく彼女が何を買いに行ったのか気になった。マーロが付き添うと言うことは領地経営に関するものだろうか。商人を呼ばずに足を運ぶだなんて、一体なんの買い物か……。


「む」


(いかん。どうせそういうものであれば、戻ってきて報告を受けるのだし、いちいちここで考えようが答えなぞ出るわけもない。どうした、何を無駄なことを考えている)


 レオナールは「少し疲れているようだな……」と呟き、ヴィクトルに「ええっ!? どうしたんですか。そんなことをレオナール様がおっしゃるなんて……ちょっと、今日は早く寝た方がいいですよ!」と大袈裟に返された。


「わたしだって人間だ。疲れることだってある」


「いや、そうですけど、レオナール様今までご自分で、はっきり疲れたっておっしゃったことないですよ……?」


「そうか?」


「そうですよ。そういう珍しいことが起きてる時は、本当に疲れてるんだと思いますよ。ちょっと夕食まで横になってるぐらいがいいかもしれません」


「いや、それほどでは……」


「いやいや、いや、ただでさえ明日も明後日もし明後日も出掛けるんですから、ちょっと休んでてください。報告書はわたしがまとめますから!」


 ほんの一言呟いただけでヴィクトルはえらい剣幕だ。だが、そこまで言われて初めてレオナールは「そうか。わたしは疲れたと言わない人間だったのか」と自覚をする。


(自分のことは自分が一番わかっていると思っていたが、そうでもないのだな)


 体調は悪くないはずなのだが……と最後までぶつぶつと文句を言いつつも、レオナールはヴィクトルに報告書を任せ、自室でくつろぐことにした。くつろぐといっても、彼はそういう時間を過ごすことがあまり得意ではない。


(ゆっくり休むとは、何をすればよいやら)


 ベッドに入ってしまえばいつでも眠れる。今寝てしまえば生活のリズムが崩れる気がするし、夕食の時刻に起きられる気がしない。


「ふむ」


 レオナールはチェックのため一時的に没収(言葉は悪いが実質そうだ)した例のフィーナのノートに手を伸ばした。


(これは良いものだ。仕事の資料でありつつも、読む者を楽しませてくれる)


 もちろん、読んで楽しめるのはレオナールたち3名だけの話で他の誰が読んでもそんな楽しみ方は出来るわけがない。自分たちがやったことを誰かがわからないながらも辿っていく様子は、なかなか彼にとっても勉強になる。もう「色々わかっている」彼らは、わからない者の思考には戻れない。想像することは出来てもそれが正解なのかどうかを毎回尋ねるわけにもいかないし、思考は十人十色だ。


 だから、ノートを通してフィーナの思考がわかることが何よりもおもしろいと思う。正確に言えば、少し前のフィーナの思考。ノートを追っていくと少しずつ彼女が成長をしている様子、思いもよらぬところで理解が出来ずにつまずいた様子などが見える。


「……ふ……」


 フィーナは時々、欄外にその時脳内に浮かんだことを駄々洩れで書き綴っている。「半年後に来れば美味しい果物が食べられるって!」とその領地に絡んだことから、時には「伯爵家の食器のセンスめちゃ良かった」など関係がない日記めいたことまで書いている。


 没収する時に彼女はぺらぺらとめくってそれらを塗りつぶそうとしたが「後であなたが後悔する。その時の気持ちは残しておいた方が良い」とレオナールが言えば、渋々納得して、これ以上はないというほど顔を真っ赤にして渡した。あれは、恥ずかしいだけではなく、こんな思いをさせるなんてひどい、という憤りが混じっていたのだろう。


(そういうところが、なかなか良い。強い感情を外に出しても、彼女は人を不快にさせない)


 例えば、このノートに関してレオナールに「嫌い」と強い言葉を口にした時。言葉自体はきついものだが、彼女はまるで拗ねた子供のように見えて、レオナールも、ヴィクトルもマーロをそれを本気にはとらなかった。いや、正直言うと彼女の口からそんな言葉を言われてレオナールは少したじろいだが「嫌い」と言っても許してくれる相手だと気を許されていたのだと思えば、逆にそれは可愛らしいエピソードではないかと思う。


(とはいえ、きっと彼女の心の中ではもっと色々強い感情があって、それは違う形で外側に出ているのだ)

 

 強い感情を原動力に出来るから、領地運営に女性の身でありながら携わるようになったのではないかとレオナールは思う。このノートから感じられる熱量もそうだ。ここにあるものは「お勉強」を書き写したようなものではない。貪欲に得ようと前のめりに心が傾いている人間が、そのために筆を走らせたものだ。それを、読んだこちらに感じさせることが出来る。だから、それはどこか質の良い物語を読むのと似ていて、レオナールにとっては仕事に関わる内容なのに、仕事から離れて休みたい時に読んでも「おもしろい」と感じられるのだろう。


『それを見てくださったなら、わたしがどれだけ立て直し公の手腕に心酔していたのかもわかるというものですよね……!?』


「……ううん……」


 フィーナのことを考えていたら、ふわっと彼女のその言葉が思い出され、レオナールはノートを閉じてソファに背を預けた。


 自分が彼女を知らなかったこの2年の間、彼女は偶像を信仰するかのように、自分に憧れを抱いていたのだと言う。不思議な気持ちだ。立て直しに行った先で会った令嬢に「常々ハルミット公爵様のお話は伺っておりましたの」と言われてもこれっぽっちも心は動かないが、改めてフィーナが自分に憧れていたと言われると、なんともむず痒い。むず痒いが、憧れてもらえるようなことを出来ていてよかった、なんて馬鹿なことまで思ってしまう。


(部下のような、弟子のような存在が増えて、浮かれているのかな……わたしは……)


 やっぱり疲れているのかもしれない。そう思う頃、ちょうどフィーナとマーロは帰って来た。

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