20.立派に彼らは拗れていく
レオナールの部屋を訪問したフィーナは、ドアから入るとその場に立ったまま、アデレードの話を切り出した。ちょうど資料を机から応接セットのテーブルに移動をしていたレオナールもまた、立ったまま彼女の話を聞く。
「レオナール様。母に、その……」
「ああ、余計なことをと思われたかもしれないが、当事者はあなただけではない。一部始終を見ていたのはわたしなので、あなたの保護者に報告の義務があると思っただけだ」
レオナールの声音は淡々としていたが、隠そうとしていたフィーナを責めるようなものではない。
「あなたの保護者は、カークでもララミーでもないだろう。それはわかるな?」
「……はい」
フィーナは平時の彼女にしては珍しく、仕事以外のことですっかりしょげかえった表情を見せた。それを見たレオナールは、これでは自分が家長で彼女に教え諭しているようだ、と内心苦笑いだ。年齢差のせいもあるが、こうも毎日一緒にいれば、それなりに距離も近付くのは当然で、彼女もだいぶ「素」を見せるようになったものだと少しだけ嬉しくも思う。
(誰かとの距離が近しくなることを、嬉しいと思うことなぞあまりなかったのにな)
そう自覚したが、今は少しそのことには蓋をしようと、レオナールは意識的に年長者、かつ爵位の上位者としてもう一言彼女に添えた。
「それと、自分の娘が倒れたというのに、それを知らされない母親の気持ちも考えた方がいい。知らなければ楽なままという考えでいると、のちにそれを暴かれた時に何倍も互いを傷つけるものだ。わたしはあまり人と人の関係というものに明るくないが、それぐらいはわかる」
「はい……ありがとうございました」
「うん」
あまりにもフィーナがしょげたままなので、レオナールはぽんぽんと彼女の頭を手の平で軽く叩いた。「えっ!?」と驚いた声をあげたフィーナに、それ以上何も言わせず「本題に入ろう。座ってくれ」と言いながらレオナールはソファに腰を下ろした。
「は、い、失礼します……」
フィーナの方は心中穏やかではない。一体今何が起きたのだ。レオナールは今自分の頭を叩いたのだろうか。それとも自分の気のせいだろうか。いや、気のせいではない……と混乱している彼女を、レオナールは一気に仕事モードに切替させた。
「で、先程話した、あなたにやって欲しいことについてだが」
「はい」
レオナールは資料をどさっとテーブルに出した。が、それらのほとんどは特に意味がない資料で、その中に挟んでおいた、例のノートが本題だ。それを見ては、フィーナもたまらない。頭をぽんぽん、なんてもうどうでもいい。何故それがここに。それをレオナールは見たのだろうか……そちらの方が、彼女にとっては一大事だった。なんといっても「気のせいだろうか」と思うことすら出来やしない。だって、まごうことなく「彼の資料の中に混じっていた」のだから。
「レオナール様」
「これだけで、わかったと思うが」
「ど、どうして、どうしてそれ……」
必死に思い出す。絶対引き出しに入っていた。入っていたが、冊数は確かに数えていなかった。ああ、あそこで花瓶を置かれなかったら、ここに来る前に一度出しただろうに。いや、出して足りないとわかっていたらもっとパニックに陥っていたに違いないから、ここで良かったのか……とぐるぐる思考は止まらない。
「レオナール様は、わ、わたしをパニックに陥らせようと……?」
「まさか。そんなつもりはない」
「だ、だって、だったら、どうして……」
「昨日、あなたを寝室に運んだのはわたしだ。そこで、見つけたので……怒られるとは思ったが、一冊失敬して」
そこでレオナールは言葉を止めた。向かいに座っているフィーナから、それまで感じたことがない尋常ではない殺気に似たものを感じたからだ。
「ひ、ひどいです……それは、乙女のプライベートを暴くような行為じゃないですか……なんて失礼なことをなさるんですか!?」
「プライベート? 何だって? これがあなたのプライベートなのか?」
どう見ても仕事のノートではないか、とレオナールは言いたかったが、見ればフィーナは真っ赤になっている。なるほど、暴かれたことでこんなにも彼女が恥ずかしがるとは思っていなかったな……と今度はレオナールが困惑する番だ。
(バレちゃったなら仕方ありません、ぐらいで話を流すと思っていたのだが……)
あるいは、逆にバレてスッキリしました!と笑うのではないか。そう思っていたら、予想以上の反応だ。
「もう……ひどい……レオナール様のこと、嫌いになりました……! いくらなんでもそんな……!」
「嫌い!?」
そこで好き嫌いの話を出してくるのか、とレオナールは彼女の剣幕に押されつつも声をあげた。
「う……その、ノートを無断で見たことは確かに盗人のようなことで非道だとはわかっているが……」
「だって、これじゃあ、これからどんな顔でレオナール様とお会いしたらいいかわからないじゃないですか!」
「何だって……?」
「だって、憧れの人に、わたしが憧れていたってバレちゃったなんて、そんなの恥ずかしくて無理です! うう……恥ずかしい! 女の身で、立て直し公に憧れていたなんて……身の程知らずで……それも今だなんて。今なら、本当に自分がどれほど思いあがっていたかわかるし……ああ~……バレるにしてももう少し別の形にして欲しかった……!」
「あこがれ?」
レオナールにとって不穏な言葉がフィーナの口からボロボロと零れていく。そのどれも、これっぽっちも彼には理解が出来ない。憧れの人。憧れていた。女の身で。わざわざ「女の身で憧れていた」ということは、彼女が抱いているその感情が女性にあるまじきことだというわけで、要するに、彼女が言う「憧れ」とは恋愛感情ではなくて。
レオナールはじわじわと彼女の言葉ひとつひとつを理解して繋げていく。そういえば「立て直し公」という言葉は最近ずっと聞いていなかったが、なるほど、その存在に憧れていたというわけか……と咀嚼をするのにいささか時間がかかった。その間、フィーナは独り言なのか何なのか同じようなことをぶつぶつ言っていたが、最後に「ああ」と言って両手で顔を覆いながら伏せた。
「成程……」
結論は出た。とりあえずわかったことは、どうやらフィーナは自分に憧れていたらしく、それはレオナール・ハルミット公爵という男性ではなく「立て直し公」の能力に憧れていたという意味だろう。昨日とは違う形で混乱をしているフィーナを前に、レオナールは冷静に正しく理解をして、更に脱力した。
「フィーナ嬢、自白をしてくれたのは助かるが、いくらわたしでもこのノートからそんな事実を見通せるほどの洞察力推察力はなかったかな……」
レオナールのその言葉に、心底驚いたようにフィーナは顔をバッとあげる。
「ええっ、どうしてですか!? それを見てくださったなら、わたしがどれだけ立て直し公の手腕に心酔していたのかもわかるというものですよね……!?」
「いや……そこまでは……」
そんなヒントが散りばめられていただろうか? 自分が目を通した範囲を思い出しても、レオナールには理解が出来なかった。
すっかり動揺をしたフィーナは、レオナールほどの人物が自分のノートを見れば、きっと溢れ出る立て直し公への思いすら読み取ってしまうと思い込んでいた。彼が手にしたノートはフィーナが二番目に視察に行った先のノートだったので、その頃はまだそこまで傾倒していなかったはずなのに。
恥ずかしさから勘違いをして、すっかりあれこれと思い込んでしまったフィーナは「わたしの熱意がきっと足りていなかったんだわ……!」とたまに出る斜め上の発想に辿り着き、そんなところですら自分の不足を嘆いた。
「た、足りてなかったでしょうか! レオナール様に伝わらない程度のことしかわたし、勉強出来ていなかったなんて!」
「そういうことではなくてだな……」
駄目だ。ちょっとこれは拗れてしまう。そう判断したレオナールは、慌ててベルを鳴らして「ヴィクトルとマーロを呼んでくれ!」と彼にしては珍しくでかい声で叫んだ。叫びながら「これではまるで関係がないレーグラッド男爵家で、家長風を吹かせているようではないか」と反省をしたが、こんな剣幕のフィーナを他の使用人たちに見せれば「一体レオナール様はフィーナ様に何をしたのか」と誤解されかねない。容赦して欲しい、と心底願うのだった。




