16.手向けの花と鉱山
フィーナはレオナールたちが手配をした調査員や専門家が寝泊まりする宿を確保し、レオナールに提案されたように周辺の食事処が彼らの食事を提供したら、それはレーグラッド男爵邸へ請求するようにと指示をした。
ちょうどその手配が終わった頃に、作物選定の調査員と鉱山の調査員どちらのチームも到着し、それぞれの日程を提示したのだが……。
「では、明日は二手に分かれることになるな」
「大丈夫でしょうか」
「問題ない。むしろ、そちらはお前たちにもう任せられると思っていたしな。わたしが見なくとも、出来るだろう? 鉱山については単に確認をするために同行するだけで、実際は我らが行ってもわからぬことだらけだし、全員で行かなくても問題はないはずだ」
視察初日の日程をずらして計画をしていたのだが、やってきた作物選定部隊は「気になる平野があったので、そちらを先に見たい」と一日別の予定をねじ込んできた。勿論、レオナールたちやフィーナよりも彼らはその道のプロなのだから、彼らが気になると言うならば是非とも日程を延ばしても見て欲しいほどだ。
そのため、鉱山部隊を案内する日に例の伐採地とその近くの開墾予定地に行くことになり、鉱山部隊にはフィーナとレオナールが同行、作物選定部隊にはヴィクトルとマーロが同行することになった。
任せる、と言っても嫌がらないヴィクトルとマーロの様子を見て、この2年半彼らを連れ歩いて成長を見て来たレオナールは、まだ言葉にはしないが「頼もしくなったものだ」と内心喜んだ。それから、これは良い機会だとも。立て直し公と今はレオナールが呼ばれているが、いつかヴィクトルとマーロにも異名が付く日が来るかもしれない。
調査員たちは馬車持参で来ていたが、レーグラッド男爵邸に馬車は一つしかない。一時的にどこかから借りることを検討することになったが、ひとまず馬車をフィーナとレオナールに譲り、ヴィクトルとマーロは馬車ではなく馬で移動をすることにした。
「ヴィクトルは乗馬の腕がわたしより上だし、馬車より喜ぶから丁度いい」
「まあ、そうなんですね」
とフィーナは答えたが、それは自分に気を遣わせないようにというレオナールたちのリップサービスのようなものだろう、と思う。
調査員たちは宿屋から向かうので、街道の途中で合流をした。途中の山道でフィーナは馬車を止め、馬車から降りる。そこは、例の事故現場だった。
(ここで事故が起きたことは本当に不運だったのだろう。道幅もそう狭くない。少し強めのカーブで車輪が破損したんだろうな……)
様々な土地を見て来たレオナールの目からはそう見える。だからこそ、防ぎようがなかった、無防備な状態で起きた事故だったのだと思える。
調査員たちはそのまま待機したまま。護衛についてきた騎士団員3人と御者、フィーナとレオナールは崖を見下ろした。フィーナは持ってきた花束を崖下に投げ、騎士団員の一人もその後に花を投げ、しばし人々は崖下に視線を彷徨わせていた。
「みなさま、ありがとうございます。さあ、行きましょう」
事故について誰も口にすることもなく――当事者であるフィーナが何も言わないのであれば誰も言うことは出来ないわけで――フィーナに促されてみな再び馬に、馬車に乗って出発した。彼女が何を思っていたのかは誰にもわからないし、誰もまた彼女にそれを聞くことは出来ない。ただ、花束を投げ入れる彼女の姿を見て、誰もが胸を痛めたのだった。
「レーグラッド家の記録では、わたしの曾祖父の代には鉱山の事業は終えて閉鎖しました。その当時はこの位置までの採掘だったようでここに印が示されています」
フィーナは説明をしながら鉱山を歩く。彼女の話は既に報告書として調査員も目を通していたが、位置やら何やらの説明が加わっていたので、ついでにおさらいのようにみな聞き入っている。
「ですが、30年前、父がまだ幼かった頃に赤い鉱石が採れたという報告があり、一時的に採掘を再開したんです。発見者はもう亡くなっています。ですが、ひとつきかけて掘り進んでもその赤い鉱石はわずかしか採れず、地質の変異で局所的に出来たものだったのだろうと判断して、商人に売ってしまったとのことですが、その時にかなり良い値がついたとのことで……」
だが、資料が残されていないのだという。一過性の収入だと判断したのなら、それも仕方がない。
「発見されたのは、この辺り。それも印がついています。そこから先は掘り進めましたが、何も出なかった場所です。それから……もう一度、外に出ていただけますか?」
フィーナは淡々と説明をしている。調査員とのやりとりが初めてだからということもあるだろうが、彼女はいつももう少し愛想がいいはずだとレオナールは思う。
(仕方がないか。レーグラッド男爵と最後に共に視察に来たのがここなのだ。いつものように振る舞うことの方が難しい)
だから、淡々とやるべきことに集中をしているのかもしれない。そう思うとまた心が痛む。
「危険なのであそこまでは行けないのですが……目が良い者が、あの位置に何か赤い物が見える、と以前言っていたらしく……」
そうフィーナが説明をすると、人々はきょろきょろと覗き見て「ううーん」と唸った。
「うわあ、あんなところはさすがに厳しいなぁ」
「山を切り崩すのが一番簡単だが、そりゃ一番金がかかる」
「いや、一番太いアンカーを打ち込んでいけばなんとかならないか」
「言ったお前さんがやってくれるならいいけども」
「俺に登山の趣味があればよかったんだが」
調査員たちは口々にあれこれと言うが、なんだかんだで「可能ならば確認したい」という意思は伝わる。それについてはまた後日、ということになった。
「フィーナ様、ありがとうございます。それでは、暫く調査をさせていただきます。今日ざっくり拝見して明日から調査試算のための前調査をします。その後、見込みがあれば予算との兼ね合いで何をどうするのか結論を出す流れとなりますが」
「かしこまりました。もう見えていると思いますが、昔の鉱山夫たちが使っていた小屋があそこにありまして……馬車から、荷を運んでちょうだい」
「はっ」
フィーナは調査員たちが少しでも快適な環境で調査を進められるようにと、彼らの持ち込んだもの以外にも様々なものを準備してきた。騎士団員はそれを古い小屋に運び込む。調査員たちも持ってきた荷物を運び込んで環境を整えたり、鉱山付近の地形や注意事項の説明をしたり、ちょっとしたことの積み重ねであっという間に時間が過ぎていく。調査の準備を整え、遅くなる前にと初日を終えた。調査員たちは翌日早朝から連日鉱山に通うとのことだった。
街道の途中で調査員の馬車と分かれ、念のために騎士団員2人が同行して彼らを送っていった。これでやっと本当にお疲れさまでした、とばかりにフィーナも肩の荷が下りたらしく、少し表情が和らぐ。
レーグラッド男爵邸に馬車は向かっていたが、調査員たちと分かれてほどなく、突然馬車が止まった。
「どうしたの」
「お嬢様。街道脇に人が倒れています」
「領内の者かしら。誰なのかわかる?」
御者と騎士団員が確認をすると、少し離れた村で暮らしている老婆だということがわかった。彼女のものらしいかごの中には、この辺りで煎じて飲まれる植物の茎が入っている。
「ああ、この先の草原で摘んで帰るところだったのね……おばあさんお一人で行くには少し遠いのに」
息はしている。が、何か持病があるのかもしれない。フィーナは騎士団員に命じた。
「彼女の村に先に行って、お医者様がいれば手配をして頂戴。馬車で彼女を乗せて後を追います」
「かしこまりました」
何も言わずにレオナールは老婆を抱き上げて馬車のボックスに運ぶ。
「フィーナ嬢。わたしのマントを外して、座席に敷いてもらえるだろうか」
「あっ、はい!」
マントを固定している首元のベルトに手を伸ばすフィーナ。
(こ、こんな時に、思うことでは、ありま、せんが……か、か、顔が、近い……! この人、本当に顔がいい……!!!)
普段横に立って歩いたり、今日は馬車の中で2人きりだったりと、近いつもりでいたが、いざ物理的な距離が更に近付くと彼の顔の良さには慣れていたが慣れていなかったのだとフィーナは悲鳴を上げそうだ。が、なんとか動揺を隠しながらマントを外して座席に敷き、そこに老婆を横たえる。レオナールはマントの端をくるくると巻いて、老婆の頭の下に差しこんだ。
「呼吸は安定している。眩暈やらなにやらで倒れただけだと思うが、老体では倒れただけでどこかをひねったり折ったりしているかもしれないな」
「そうですね」
フィーナは老婆のかごを膝に乗せ、馬車に出発するように声をかけた。