15.セダの実のゆくえ
「人騒がせすぎるでしょう!」
4人が到着したのは、先日ヴィクトルたちが荷を運んだ倉庫の更に横にある小さな倉庫だった。他にも使用人が何人か既に集まっており、女中のローラがララミーに怒られている。
「だって……! 足、足元、足に触ったから……!」
遅れてやってきたフィーナたちに、マーロが冷静に「何か小動物が出たそうです」と伝えると、フィーナはハッとなって輪の中に飛び込む。
「もしかして、実を食べられてしまったの?」
それへは、ララミーが肩を竦めて答えた。
「はい。結構やられてしまいましたね……」
「リスか何かかしら?」
小さな倉庫は木造だ。使用人たちが周囲を一通り確認をして戻ってきた。
「お嬢様、今確認したらこの前まで開いてなかった穴がいくつかあります。木材が割れたようですね」
「ええっ、本当? ひとまず、板を打ち付けてくれる?」
「はい」
男性の使用人が板や工具を持って、何カ所か修復をする。本当は別の倉庫にも入れたいのだが、そちらは粉や干し肉が多くて……とフィーナとララミーは話し合っている。
「みなさま、お騒がせいたしました。倉庫に保管していたものが小動物に食べられてしまい、倉庫を開けた女中の足元をかすめて逃げたので叫んでしまったらしく」
フィーナはそう言いながら笑い、ローラは「申し訳ありません」と平謝りをする。平和なレーグラッド男爵邸に相応しい平和な騒動だ、とレオナールたちも苦笑いを見せた。
「フィーナ様、ちなみに実って何の実ですか?」
そのヴィクトルの質問に、フィーナは「ご存知ないかもしれませんが」と前置きをして答える。
「セダの実です」
「セダ……?」
3人は顔を見合わせた。確かに聞いたことがない、と互いに首をひねる。
「感謝祭に焼く菓子の上に載せる木の実です」
「見ても?」
「はい」
興味本位でひょいと倉庫の中を覗き、ヴィクトルは声をあげた。
「うわ、木の実が大量にある! これ、なんでもう剥いてあるんですか」
「食べられる状態にするのに色々工程があるので、感謝祭に配る前にこの状態にしないといけないんです。アク抜きっていうやつですね」
話を聞けば、もともとはよく知られている製菓に使われる木の実を配布していたが、どうにもそれが高価で難しくなったとのことだ。仕方なく、レーグラッド領で採れる、そのままでは食べられない上にアク抜きが必要で手間暇がかかる、更には「そこまでしても特に美味しいわけではない」ぐらいの木の実を飾り程度にと配ることにしたのだという。
「そんなに美味しくないのに、動物は食べちゃうのねぇ」
困ったものだ、とフィーナがため息をつく。
「そりゃそうですよね。アク抜き前に虫が入ってるぐらいですから、自然のものたちは我々ほど好き嫌いがないんですよ」
とは、ララミーだ。
「セダの実って聞いたことないなぁ~……一口もらえたりしませんか?」
興味本位は加速する。そんなに美味しくないですよ、ともう一度フィーナは念押しをしてから「どうぞ」と倉庫に招き入れて、山盛りになっている木の実を指さした。
「ううーーーーーーーん、確かに微妙……」
唸るヴィクトル。
「リスになったと思えばまずくはないが……そう、うまくもないな」
と、はっきりと答えるレオナール。
「うん? これ……」
「マーロ?」
「フィーナ様、これの、皮を剥く前のものってありますか……?」
「今はないけど、食べられた分採ってこないといけないから……明日、4番の地域の視察のついでに林に寄れると思いますけど……ララミー、明日採ってきたら、間に合うかしら?」
「ギリギリですねぇ。干して乾かすのに1週間ですからね」
そんなにあく抜きに時間がかかるのか、とレオナールが聞けば、水に浸して虫を出すこと2晩、それから1週間干して、3回煮て皮を剥くのだと言う。
「3回煮ちゃうと完全に木の実の風味が飛んじゃうんですよね……でも、2回だと子供が嫌がる苦みが残るので、飾り程度だし3回煮ています」
「面倒だな」
「そうなんですよ。面倒なわりに特に美味しくないので単なる非常食みたいなものなんですけど……マーロ様?」
「うーん、これ、わたしが知っている実のような気がするんですけど……殻を見ないとちょっとわからないですね……」
少なくともシャーロ王国の他の場所では食べたこともないし名前も初耳だとヴィクトルは言う。国外の生活も経験しているレオナールも「自分も知らないが」と言うものの、他国出身のマーロは首を傾げ、それ以上は何も言わなかった。
「これがセダの木です」
翌日の視察途中で、約束通りセダの林に彼らは寄った。あからさまに周辺の土地も何も手入れがされていない、草木が生え放題で雑然としている場所に「木と木の間が空いているからなんとなく林に見えるがこれは森では?」と思われるほどの量のセダが群生している。
「失礼」
マーロは木に生っている実を見て、それから足元に落ちている実を拾って軽く石で叩いた。すると、表皮が裂けて内側の実が出て来る。
「これ、もしかしたら、他国ではヌザンの実って呼ばれているやつじゃないですかね……」
「ぬざん……?」
首をかしげるヴィクトルとフィーナ。レオナールは怪訝そうな表情で
「冗談を言っているのか? ヌザンならわたしも知っているぞ」
「冗談で言えるような内容じゃないってわかってるから、そう聞いていらっしゃるんですよね? わたしも、冗談で言えるような内容じゃないので、物を見るまでは何も言えなかったんですが……」
「食べさせてもらったが、味がまったく違うだろう」
「多分、あく抜きの方法が違うんだと思いますよ。3回煮ると苦みは消えて味も落ちる、2回煮ると苦みは残るっておっしゃってましたよね。多分、2回で止めるか、あるいは煮るんじゃなくて蒸すか湯に浸すかぐらいで……」
「まあ。マーロ様は色々ご存知なのですね……?」
と驚くフィーナに、ヴィクトルは「マーロの専門は食物関係なので」と説明をする。食物「関係」とはどういう意味なのかは理解出来なかったが、なるほど、ならばレオナールよりも知識があってもおかしくはないと思える。
「もしかしたらもう一度乾かす工程が入るかもしれませんが、うろ覚えですけど、干すのも一か月とかかかっていた気がしますし……それから、木灰も使うと思います」
「もっかいとは?」
「葉っぱとか木を焼いた灰です。それを使ってあく抜きをするんじゃなかったかなぁ……」
「そうか……もし、それが本当だったらとんでもない話になるかもしれんな」
「そうですね……」
2人の会話にすっかり置いていかれるフィーナとヴィクトル。ついにヴィクトルは「そのヌザンの実だったらなんなんですか!」と叫んだ。すると、レオナールは苦笑を見せる。
「商売になる可能性がある。しかも、国内に留まらない」
「へ?」
予想外の言葉にフィーナもヴィクトルもぽかんとする。
「ううーん、とはいえ、アク抜きの手間暇はもっとかかってしまうので、どこまでこの領地の利益として還元できるようなものなのかはわかりませんが……それに、うまくやらないと……ヌザンの実にプラスしてこの領地の何かを足さないと、実だけを流通させるとなると……」
「そうだな……シャーロ王国は敗戦国だ。もし、対外で強く出られるものが出たら、すぐにそれを取られるな……まずはそこは置いておいて、マーロ、調べられるか」
「ヴィクトルの鳥をお借りしても良いでしょうか。王城にいる知人経由で問い合わせをしてみます」
「ああ、頼んだ」
レオナールも足元に落ちている実を拾って眺めるが、それだけではヌザンかどうかを彼にはわからないようだった。
「フィーナ嬢。予定より多く拾っていっても良いだろうか」
「あっ、はい、勿論です。ここは誰の林でもないので、好きなだけ持っていけるんですけど……面倒くさすぎて、こんな状況でもないと誰も見向きもしない木なんですよ。でも、えっと、もしかしたらその……とんでもないことになるんですね? だったら、頑張ってわたしも拾います!」
そう言うと、フィーナは足元に落ちている実を拾って手にしていたかごに入れていく。マーロもそれに倣って細長い体を折って木の実を拾い出した。その様子を見たヴィクトルがレオナールに「フィーナ様ってあんなに美人なのに、やっぱりちょっと村娘っぽいですよね」と囁けば、レオナールは冷たく「お前も拾え」と返すのだった。