14.鉱山の手配
宣言通り、翌日の朝食後に執務室でフィーナはレオナールの話を聞いていた。ヴィクトルとマーロはその後にこの2日間にチェックした内容について話すといって、何故か同席はしていない。
「計画書でこのひとつき保留になっている鉱山の調査は、事故があった道を通るから行きたくないのだろうか」
「うう……」
ついにその話が来た、とフィーナは朝からレオナールの直球を受けて「朝ご飯を吐きそうです……」と腹部を軽く押さえた。朝からするにはその話はヘビーすぎませんか、と言いたかったが、今日まで言われなかっただけでも感謝すべきことなのだ。
「その通りです。すみません……で、でも、それが一番の理由ではなく、鉱山調査の専門家を手配出来る財力が今はないかなっていう」
「従兄殿のおかげで援助を受けられることが決まったのだろう? だから、男爵と共に視察に行ったのだとお見受けしたが」
「お察しの通りです」
返す言葉がひとつもない。朝から叩きのめされるなぁ~とフィーナの目は焦点が合わなくなる。
「実は父が頼もうとしていた専門家の方については、わたしも聞いていなくて」
「ああ、そういうことか」
「戻ったら手配をすると父は言っていたのですが、どこの誰とは」
「不思議なことだな。前もって用意されていた計画書に、調査依頼先が書いていないのはらしくないな」
朝から厳しい!とフィーナは立ち上がりそうになった。だが、レオナールの突っ込みも当然だ。何故なら、その領地計画書のほとんどはレーグラッド男爵が亡くなる前に書かれたものだが、鉱山についての項目は「視察から戻ったら書こう」と言っていたからだ。要するに、そこは「前もって男爵が用意していた」ことではなく、ほぼフィーナが後付けで書いた部分なのだ。正直、あんなことがあったので気乗りはしなかった。が、領地のことを長い目で考えればどうしても削除することが出来なかった。だから、仕方なく書いた。
しかし、レオナールの目から見れば、これこそ先にやっておいた方が良い内容だと思えたようだ。やはり自分の見る目は正しくなかった、と思いつつ(削除しなくてよかったわ……)と心中で呟くフィーナ。
「レオナール様は、これが重要な項目だと思われるのですね?」
「そうだな。調査の初期投資はやや重たいが、楽観的に考えて良い鉱石が出るとしたら、後で発見して『もっと早く確認すればよかった』と思うよりは、先に潰しておいた方が良い。結果として『やっぱり駄目だった』という可能性があることに金を使う余力がある時期はこの先も限られるだろうし、きっと後になればなるほど悩みに悩んだ末にやらなくなる。そういう類のものだ」
「おっしゃる通りですね……」
「あなたが行かなくても良いのだし、専門家の手配が済めばこちらで進めてよいだろうか」
「いえ。初回ぐらいは同行して、鉱山内のご説明はさせていただきます。ずっと放置されていた鉱山なので、ここ最近の状態を把握しているのは視察にいったわたしだけだと思うんです。その後は、お任せしたいと思いますが」
「そうか」
悩んだ末に、おずおずとフィーナは尋ねる。
「といいますか、それは、進める余力があるということなのですね?」
「うん。そのあたり、昨日一昨日2人がチェックしていた内容を話させよう。先に、あなたが鉱山についてどう考えているのかと……事故に絡んだことで、思うことがあるのかを確認しておきたかったのだ」
「そろそろ事故があったところに自分の手でお花を持っていきたかったんです。巻き込まれた騎士団員と御者の遺体は引き上げが出来なかったので」
「そうか。では、専門家を手配して、彼らが来られる日程に合わせてあなたも同行で鉱山へ行こう」
「はい」
話を聞くまでは心に重苦しいものがのしかかっていたが、いざ、レオナールの口からあれこれと進められればフィーナの心はふわりと少し軽くなった。
(レオナール様は、ただお仕事をなさっているだけかもしれないけれど)
それがどれだけ自分を楽にしてくれているのかと思う。仕事のことではない。心のことだ。仕事が楽になったから心が楽になっているのは確かだが、それに留まらない。
(もしかして、ヴィクトル様やマーロ様がいては、わたしが話しにくいのではと思ってくださったのかしら)
それはそれで嬉しい気遣いでありつつも、少しだけ恥ずかしいとフィーナは思う。が、そんな彼女の気持ちなぞまったく気付いていないレオナールは、あっさりと話は終わったとばかりにヴィクトルとマーロを執務室に呼んだのだった。
ヴィクトルとマーロの説明を聞き、レーグラッド男爵家の財政はやっぱり何をどうしても苦しいことがわかった。いや、そんなことは最初からわかっていたことなのだが、第三者から改めて指摘をされるのは具合が悪いものだ。
「そこで、鉱山の調査依頼は、王城に出す」
「王城に……?」
「そうだ。王城おかかえの部隊が動けば、それは王城からの賃金で動くのでな」
「で、でも、王城に依頼を出来るほど、有用性がまだわからないので……」
「大丈夫だ。わたしは派遣先に関して、王城よりいくらか予算を割いてもらっており、わたしの権限でそれを振り分けることが出来る。ここは色々と問題があるのでまだそれをどこに使うのかをはっきりさせるには早いが、これに関してはその予算を割いていいと判断した」
「あ、ありがとうございます……!」
「礼は、陛下に出すがいい」
「そんなラッキー予算があるなんて存じ上げませんでした……」
ラッキー予算、という造語がおかしかったのか、ヴィクトルが「わはは」と声をあげて笑う。随分彼はフィーナの前で砕けるようになった様子だ。
「大体は最初にざっくり問題を洗い出して、どこに金を使うのか先に仕分けるんですけどね。レーグラッド男爵領はちょっと、おもしろくてそれがうまく出来なくて」
「ちょっと面白い……?」
「大体、ないんですよ、こんな風に改革出来そうな要素が沢山ある領地。田舎だとフィーナ様はおっしゃいますが、その分資源が豊富ってことでしょう。山があって木があって鉱山まであって川があって平地があってこれから開墾できる土地まで揃っている。どれもこれもちょっと初期投資と働き手の問題が大きくて手をつけられなかったのはわかりますけどね」
「ものはあるんですが、どれも何にも足りてないんですもの」
「そう。そうなんですよ。だから、どこに金を使っていいのか、我々もちょっと決めあぐねていてですね。でも、鉱山の件は先にやっちゃった方がいいな、ということになりました。その代わりですね、作物選定のための調査員を手配するつもりなんですけど、そっちは王城の予算ではなくレーグラッド男爵領の予算から出させてもらいますね」
「ええ、勿論です。もともと、自分たちのお金ですべて進めるつもりでしたし……作物選定の調査員……?」
「はい。そういう専門家もいるんでね」
「では、えっと、その手配をしていただいて、お招きする方々が寝泊まり出来るように客間をご用意すればよろしいでしょうか?」
「いや、そこなんだが……」
彼らの説明では、手配をした調査員たちについては、可能であれば領内の「宿屋」を使ってもらうことにしているのだという。そうすれば外部から来た者達が金を適切に落とすことが出来る。特に、王城から来る者達は1日ごとの日給を前もって予定の半額を出されるし、そこには食費も含まれている。
「作物選定の部隊は王城からの金ではなくこちらの財布から出してもらうが、前もって食費の上限を王城からの派遣部隊の食費と同じ設定で伝えておいて、ツケで食べてもらって後ほど請求を受けると言う形が良いと思う。が、ここには宿というものはあるのかな」
「あ、あります。街道沿いに宿屋があって……なんだかんだ、木材の運び出しや商人が行き来するのに使いますから、戦争中は賑わっていました。最近は随分すたれていると思いますが、みなさん兼業をしているだけなので、お客様がいらっしゃるならそちらに力を入れると思います」
「うん。そのあたりの手配は、あなたに任せてもよいだろうか。増減はあると思うが、多分鉱山には3、4人、作物選定は3人。それぞれ馬車で来て5日ほどは滞在していると思う。この話し合いが終わり次第、ヴィクトルが王城に鳥を飛ばすので、明日にはあちらを出発するだろう」
「ありがとうございます!」
と、フィーナが満面の笑みで礼を言ったその時、遠くで「きゃああああああ!」という女性の甲高い声が聞こえた。なにごとか、とまずマーロが部屋を飛び出した。
「ローラの声だわ」
「女中か」
「はい」
平和なレーグラッド男爵邸に一体何が起きたのか、と3人もマーロの後に続いて部屋を出た。