第9話 面倒ごとばかりが増えていく
登城しファビオ王子殿下の執務室へ。というのも我が銀竜騎士団の団長はファビオ殿下であり、毎朝のミーティングは欠かせないものとなっているからだ。
特に昨日は王都近郊を荒らす輩を討伐したばかり。対応すべきことは多岐にわたる。
「昨日の賊、皆殺しにしちゃったんだって?」
「ああ、昨日は諸事情により加護魔法のコントロールが利かなかったのです」
「珍しいね! ジョエルでもそんなことがあるとはねぇ。でもそのおかげで、禁制品の火薬式銃器の出どころは謎のままなんだけどなぁ、ジョエル?」
我が国において使用が認められているのは魔石式銃器だ。物体への術式記述により加護のない一般人でさえ加護魔法を使うことができ、火薬式銃器のような暴発事故がない上に威力を調整できる。
デメリットがあるとすれば付与術士が少ないためコストがかかるということくらいだろうか。
なんにせよ、国内において火薬式銃器は使用も持ち込みも禁じられている。一体どこから流入しているかを調査するのは喫緊の課題なのだ。が、確かに昨日は賊を全員殺してしまい、手がかり無しとなってしまった。
「……加護魔法のコントロールで思い出したんですが」
「話逸らすじゃん。まあいいや、続けて」
殿下が書類から顔を上げ、こちらに視線を向けた。殿下のヘーゼルの瞳は窓からの光を受けて緑色に煌めいている。
「我が家には壊れた魔道具があるのですが、突然動いたと報告があり」
「直ったんだ?」
「いえ、マリーノ伯爵令嬢にのみ作動させることが可能でして」
「ジョエルのことだから、しっかり確認したんだろう? どうせなら筋道立てて説明しなよ」
ふと思い出した世間話のつもりで、と言っても半分は話題を逸らすために始めた話だったが、殿下は予想外に興味を持ったらしかった。
温室の魔道具についての説明、マッテオから聞いた話、そして今朝この目で確認した話を簡潔に述べる。が、水浸しになったことは黙っておくべきだったと、腹を抱えて笑う殿下を横目に脱力した。
「殿下に的確な助言は求めていないので、詳しそうな人物をご存じでしたらご紹介いただきたく」
「ああ! それなら適任がいる。最近取り立ててる付与術士がほら、王国術士団に入るってハナシあるでしょ。それで小さいけど祝賀パーティーやるからジョエルも参加すればいいよ」
「ええと、もしかしてエリゼオ・ロヴァッティ伯爵ですか」
「そ。魔道具のことなら魔道具の専門家に聞くのがいいんじゃないかなあ。どうせジョエルは来ないだろうと思って招待状も出さなかったけど、あとで送っておくね」
エリゼオ・ロヴァッティ伯爵といえばふたつの属性の加護魔法を扱うことができ、神に最も近い男と言われている。ただ直接魔法を発するより魔道具を製作するほうが得意とするため、付与術士になったとか。
確かに、魔道具のことなら彼に聞くのが正解だろう。こちらが見逃しているだけで、作動させるための何かがあるのかもしれない。
夜会への参加は面倒だが仕方ないか、と思案にくれていると「そうそう」と呟くような殿下の声が聞こえてきた。
「その夜会には、ジョエルの婚約者殿の妹も来るんだった」
「妹、ですか」
「もともと、君と結婚するはずだったミリアム嬢だよ。妹のほうが良かったと残念に思うのか、それとも姉で良かったと安堵するのか、どっちだろうね」
「どっちだって変わりありませんよ」
この王子はいつだって、どうやったら俺が困るかということばかり考えてる。それは俺に欠落した、いや俺が封印した一部の感情を取り戻せないかと試行錯誤した結果のことだろうと思えば許せ……いややっぱり面倒だな。
話を終わらせようと書類を顔の前に掲げて視線を遮る。が、ファビオ殿下はその書類を上からペラリとめくって笑った。
「ねぇ、婚約者殿と多少は会話もしたんだろ? やっぱり男を惑わす魅力的なレディなのかい?」
「いえ……」
俯きがちな仕草に手入れの行き届かない髪、酷使された指とガリガリの体。あれで惑わされる男がいるならその趣味は一般的ではないだろう。
エレナの話によれば、持ち物はみすぼらしい衣類が数着だけだったらしいしそれに、背中や足に打撲傷があったとか。
男をとっかえひっかえするとか散財するとかいう噂が全くのでたらめなのは確かだ。それどころか……。
これ見よがしに溜め息をついて、体ごと横を向いて殿下に背を向けた。この話はこれでおしまいだ。
「そういう目で見てないので俺にはわかりかねます」
「えー、つまんないなぁー。精霊祭と言わず、そのパーティーに婚約者殿も連れておいでよ」
背後でこちらを覗き込もうとする気配があった。これは絶対に前のめりになってるし絶対ニヤニヤしている。間違いない。
虐待の可能性があるというのに、家族のいる場に連れて行っても恐らく面倒が増えるだけだろう。人間関係の構築はどういった内容であれ最小限でいい。
「せっかくのお誘いですが、それは断ります」
「本当に面白くない奴だな。じゃあ、その報告書の件を調べておいてよ。行方不明者が立て続けに出てる件と身元不明の遺体と」
「ああ、酒場にたむろしてる輩が関係してるとかしてないとか」
「うん。こいつらも火薬式銃器を持ってるらしい。しかも、どこの家かわからないけど貴族らしき人物の目撃報告もあるからさ、慎重に頼むよ」
それだけ言うと、ファビオ殿下は書類の山に目を通し始めた。
王国法に基づき、俺には法令に反した貴族を場合により即刻処する権利が与えられている。例えば禁制品を所持、使用していた場合などがそれに該当するわけだ。
「では御前失礼します」
「うん、よろしくね」
人は俺を冷酷非情だと評するらしいが、まったく正しい。この手でもう何人も殺しているのだから。




