第52話 心を開いた公爵閣下は
翌日。雪は積もることなく天気は快晴。
私が袖を通したのは月のように落ち着いたゴールドのシルクに、極細の糸で編まれた極限と言えるほど薄いアイボリーのレースが重ねられたウェディングドレスです。銀糸で施された薔薇の刺繍はすべてマダム・ベッカが直接針を入れてくれたのだとか。彼女は「生涯で一、二を争う出来」とおっしゃっていましたが、確かに目を瞠るほど華やかでエレガントでした。
この三ヶ月で見違えるようにツヤツヤになった髪は、ゆるく巻いてルーズなシニヨンにしてもらいました。おだんごに温室で咲いた小振りの薔薇を挿して出来上がりです。当たり前のことながらお化粧もちょっと気合が入っているみたいで、いつもより目が大きいし唇がぷるんぷるんです。どうやるんでしょう、コレ。
出来上がった自分を姿見で三回ほど凝視しました。三回と言わずもっと見たい。きっとこんなに綺麗に着飾ることは二度とないので! わかんないですけど!
四度目を迎える前に、ノックの音が響きました。いらっしゃったのはロヴァッ……エリゼオお義兄様です。
扉を開けて私の姿を見るなり、深い溜め息が。
「え、と。お疲れ……でしょうか」
「違います。そうじゃなくて、ああ、うん、そうですね。精霊より美しい義妹に感動しています」
「そっ、そんなこと言ったらバチが当たりますよ」
「このまま攫ってしまいたいところですが、仕方ない。行きましょうか」
頷いて屋敷を出ます。ジョエル様は一足先に教会へ向かっていて、エリゼオお義兄様は兄として私を教会へ連れて行くお役目なのです。
フォンタナの侍従たちが総出で見送ってくれる中、私たちは馬車でテンデポルテ教会へ向かいました。
礼拝堂の扉の前に立ち、しばらくすると扉の向こうから小さなノックの音。扉を開ける合図です。ひとつ深呼吸をしてエリゼオお義兄様の腕に手を入れたら、ギィと扉が開きました。
大きくはないけれど歴史のあるテンデポルテ教会の礼拝堂。
その内部の壁画は四つの精霊がそれぞれに愛を知り、子をなして、天へと帰るまでの物語が描かれています。濃紺に黄色の星がいくつも散りばめられた天井画は、空に設けられた窓から精霊たちが子孫の行いを見つめている、そんな絵です。
参列してくださった皆さんはベンチから立ち上がってこちらを振り返り、拍手で迎えてくれます。
すでに泣いているエレナとマッテオ、対照的にファビオ殿下とキアラ様はにっこにこの笑顔です。それに国王陛下と王妃殿下がウンウンと頷いていらっしゃいました。
ヴァージンロードの先に立つジョエル様は目を丸くして、そしてちょっとだけムスっとしたお顔になりました。どうして。
でも真っ白なモーニングをパリっと着こなす姿は本当にかっこよくて。ぴしっと尖ったラペルのフラワーホールには、私の髪を飾るのと同じカップ型のまぁるい紫の薔薇。ずっとそのお姿を眺めていたくて、だけど早くおそばに行きたくて心臓ばかりがバクバクと忙しく跳ねまわります。
ゆっくり歩くたび「おめでとう」と声がかかります。ほんの三ヶ月前までずっと疎まれ続けた私が、こうして皆さんに祝福をいただけるなんて。嬉しくて嬉しくて泣いちゃいそうなんですけど、気合で我慢! せっかく大きくなった目がグチャグチャになったら困りますから!
ジョエル様のもとへたどり着くと、エリゼオお義兄様がご自身の腕から私の手を取り、そっと背中を押してくれ……る手はずなんですが? あら?
「はやくしろ」
「急に惜しくなりまして」
わぁ! まさかここで喧嘩が始まるなんて!
仲がいいにしたって、時と場所と場合を! てぃーぴーおーを考えていただいて!
どうしようどうしようと慌てていると、やっとエリゼオお義兄様が私の手をジョエル様へと引き継ぎました。
「綺麗だ、アリーチェ。この姿を最初に見るのが俺じゃないとは」
「そのネックレスは私がつけて差し上げ――」
「違います、つけてもらってませんから!」
エリゼオお義兄様の冗談にジョエル様から殺気が放たれて、慌ててそれを否定します。
感情をすべて取り戻したジョエル様は、ときどきこうやっておかしなことを言ったり拗ねたりするようになりました。その変化は嬉しいのですけど、てぃーぴーおーをですね……。
「二度と泣かせないように」
「言われるまでもない」
そうしてエリゼオお義兄様はご自身の席へと向かい、私とジョエル様は司祭様のもとへと歩を進めます。
歩きながら、ジョエル様が私にだけ聞こえる声で囁きました。
「その姿、誰にも見られないように閉じ込めてしまいたいな」
「ジョエル様だけ見てくださったら満足です」
「……あんまり煽らないでくれ、アリーチェ。俺はここまでよく我慢したんだ」
「えっと?」
ジョエル様の言葉の意味を理解する前に、祭壇へとたどり着きました。その向こうでは四人の精霊をかたどった像の前に司祭様が立ち、ありがたいお言葉をいただきながら粛々とお式が進められます。
「――いかなる困難が汝らの前に立ちふさがろうとも、愛と信頼によって打ち砕くことを誓うか」
自然と私たちは目を合わせました。
私はジョエル様を愛しています。信頼しています。何があっても大丈夫だと……。
「はい、誓います」
ふたりの声が重なりました。
それがちょっと嬉しくて照れ笑いを浮かべたら、ジョエル様のお顔がぐんと近づいて突然のキス。
わっわっわっ!
まだそのタイミングじゃないのにっ! 心の準備できてないのにっ! もうっ!
「ななななななん、なん、なんでっ今っ」
睨みつけた私にジョエル様がニヤリと笑いました。
「可愛かったから」
「よっ、容姿を褒めるのは下心が――」
「もちろん。俺の奥さんなんだから当然持つべき感情だ」
心を開いたジョエル様は、豊かになった表情と表現で今まで以上に大切にしてくれるみたいです。……けど、心臓が持ちませんっっ!
おわり
完結しました!
最後までお読みいただき感謝です!
いつもならすべて書き終えてから公開するのですが、本作は更新と並行して執筆していました。
感想とブックマークと評価にイイネ等、読んでくださる皆さまに支えられ、毎日更新を達成しつつ完結を迎えらました。
ありがとうございました。
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ではでは、また次のお話でー!
ありがとうございました!




