第43話 初めてのパーティーです
会場にはすでにたくさんの人がいらっしゃいました。ジョエル様がおっしゃるには、私たちが最後の入場順なのだそうです。当たり前のことですけど、知った顔は見えません。あ、エレナがいました。綺麗なドレスで着飾るとエレナはやっぱりすっごく淑女って感じがします。
注目を集めるのは私が社交界に初めて顔を出したからだと思ったのですけど、聞こえてくる言葉のひとつひとつが予想の遥か先にあって驚きました。だって、私はどうやら浪費家で色情狂で我が儘で癇癪持ちなのだそうです。
なるほど、これがジョエル様が事前に注意してくださった例の噂というものですか。どちらかと言えば私よりミリア……あっ、盛大なラッパの音です。これは王族の入場の合図だと習いました。
誰もが一斉に礼をとって、私もほんの一瞬だけ遅れてしまったけど片足を引いて膝を折りました。近衛隊と思われる方々に囲まれて、国王陛下、王妃殿下、王子殿下、そして王子殿下の婚約者の女性が入っていらっしゃいます。
それからジョエル様のエスコートで国王陛下と王妃殿下へご挨拶をしました。今日は私のデビューですからね。係の方が私の名前やジョエル様との関係などをアナウンスし、陛下や妃殿下から一言声を掛けていただいて、仕上げにこの衆目の中でジョエル様とダンス……!
正直、何も覚えていません!
もう混乱してしまって、ちゃんとご挨拶できたのかどうかも踊れたのかどうかもわかりません。そっとジョエル様の靴を確認しましたけど汚れてなかったです。良かった。
私のデビューのための一連のお作法が終わると早速、陛下が簡単なスピーチと精霊祭の開会を宣言なさいました。これで城内ではパーティーが、演武場では大会が始まるのだそうです。ふたつの会場を行ったり来たりするせいで、応援するだけでもとっても疲れるのだとエレナが言っていました。
最初はスペシャリスト部門、つまり魔術師の方々の予選から準決勝までが行われるとのことで、私たちはのんびり腹ごしらえです。シャンパングラスをこちらへ差し出しながら、ジョエル様が口を開きました。
「晴れて一人前だな、気分はどうだ?」
「実感はまるでありません。もう圧倒されてばかりでそれどころではないというか」
ジョエル様もそうですけど、王族や高位の貴族って醸す空気感が凄いんですよね。高貴な青い血だなんて言いますけど、本当に、まるで違う生き物かと思ってしまうくらい美しくて、圧倒されるオーラがあって。
それをジョエル様に伝えると、彼は一瞬だけ目を瞠ってから柔らかく笑いました。その瞬間、周囲が一斉にざわつきます。聞き耳を立ててみればジョエル様の笑顔を初めて見たとかなんとか。
私は何度も見てるので、ちょっとだけ優越感です。ふふん。
「今のアリーチェも同じだ。初めて会ったときはボロ雑巾かと思ったがな。……俺から見ればどんな宝玉より輝いてるさ」
「なっ……! ぼ、ボロ雑巾でいいです私なんて」
「ボロ雑巾の姿で俺の横に立つつもりか? 俺はそれでも構わないが」
「今日のジョエル様はなんだか意地悪、です」
意地悪というより親しみのこもった冗談なのはわかるのですけど、こんな冗談を言うんだって思ったり、こんなイタズラな表情をするんだって驚いたり、ジョエル様の新たな一面を見つけるたびに照れてしまって。
プイと視線を逸らした先で、燃え盛る炎のような瞳と目が合いました。ミリアムです。
思わず見なかったことにしたのですけど、視界の端で彼女がこちらへ近づいて来るのがわかりました。不安になってジョエル様の腕に触れると、彼は私の前髪の生え際にキスを……え、いやキス、え? は?
「お姉さま! 無事にデビューを迎えられたこと、およろこび申し上げますわ!」
ジョエル様の突飛な行動に混乱している間に、ミリアムが目の前まで来てしまいました。満面の笑みを浮かべているのに、目だけが笑っていなくて凄い。
「あ……ありがとう」
「先般は大変だったでしょう。お姉さまがあんな目に遭ったのはあたくしのせいだわって、ずっと罪悪感があって。でもお元気そうで安心したわ」
そっとジョエル様の様子を窺うと、私が今までに見た中でも最も冷たい目をしてました。背中に水を浴びせられたような気分です。ひゃー怖い!
「あんな目?」
貴族令嬢が誘拐されただなんて、大きな声で言える話ではありません。どんな噂を呼ぶかわかりませんからね。なので何の話をしているかわからないわ、という顔で首を傾げて見せます。
ここでミリアムが上手に誤魔化したなら、ひとまずは平和を維持できるのですけれど。
「あっ、もしかして思い出したくないことだったかしら! お父様から、お姉さまは粗野な平民男性の集団に連れ去られたってお聞きしたのよ。だからもう心配で心配で」
ミリアムは声を大きくして言いました。目に涙を浮かべるのはどうやっているのかしら。
元々注目を集めてはいましたけど、今や多くの人が私たちの会話を聞こうと静かに耳をそばだてているようです。
淑女には表情を隠すべきときがあるのだと、淑女教育の先生も言ってましたが……恐らくそれは今なのだと思います。私は扇を広げて鼻から下を隠し、助けを求めるようにジョエル様を見上げました。
「今、なんと言った?」
辺り一帯の温度をいくらか下げてしまったのじゃないかと思うほど冷たい声。
ミリアムはその冷ややかさに気づかないのか、頬を紅潮させながらジョエル様へ向き直ります。
「フォンタナ公爵様、ご機嫌麗しく。あたくしはアリーチェの妹でマリーノ伯爵が次女のミリアムと申しますぅ」
聞き慣れない高い声と、上目遣い。淑女の礼をとるのになぜか寄せられた豊満な胸と、漂う濃厚なキャラメルの香り。ミリアムが愛用する香水です。確か、「食べちゃいたいって思わせるのよ」と言っていたような。
初めて見る妹の対外用のお顔にびっくりしたところで、ジョエル様の深い溜め息が聞こえました。




