第42話 ちょっといろいろ理解を超えています
私、初めてお城に来たのですけど、すごい! ぴっかぴかです。広いし、敷地内にあるもの全部高価そうだし。キョロキョロする私を、ジョエル様は笑いをこらえながらエスコートしてくださいます。
途中、王城の従者と思われる方がジョエル様のところへ来て、「ファビオ殿下がお呼び」であるとおっしゃいました。ジョエル様は面倒くさそうに小さく息を吐いてから私に一言謝って、会議室へと向かうことに。
室内には、ジョエル様よりもう少し簡素な正装をお召しの銀竜騎士団の方が数名とファビオ王子殿下、それにロヴァッティ伯爵がいらっしゃいました。
皆さん一斉に円卓から立ち上がって私たちを迎え入れてくださいます。それぞれが礼をとる中で、ファビオ殿下だけが満面の笑みでこちらへ歩み寄っていらっしゃいました。私とジョエル様が殿下へご挨拶すると、さらに笑みを深めます。
「わぁ、アリーチェ嬢は益々綺麗になったね。早速なんだけど、少しだけジョエルと話をさせてもらうね」
そう言ってジョエル様とふたり、部屋の隅へと向かいました。
マリーノ家の横暴を今日終わらせるという話を事前に伺っていますから、その作戦遂行のための確認なのだろうと思います。
おふたりが離れると同時にロヴァッティ伯爵がゆっくりとこちらへいらしゃいました。実はスケジュールの都合がつかず、伯爵の前で大泣きするという失態を犯して以来初めてお顔を合わせます。どんな顔をしていいのか……目も合わせられなくてつい視線を逸らしてしまいました。
「殿下のおっしゃる通り貴女は日に日に綺麗になっていくというのに、今日は眩いほどですね」
「あ……そうでしょうか。えと、ありがとうございます」
以前なら素直に喜べたのに、今は違います。「私なら貴女を泣かせたりしません」というロヴァッティ伯爵の言葉がまだ耳の奥で響いているのです。そう言えばもっと前にも「友人としてではなく」とかなんとかおっしゃっていたような。あれ、私もしかして鈍感でしたか? 鈍感でしたね?
「どこか吹っ切れたような表情に見えます。ご自身の気持ちに整理がついた……というところでしょうか?」
びっくりしました。ジョエル様は私に「愛している」と明言することはしませんでしたが、少なくとも「大切な存在」とは言ってくれた。それは私が未来を生きるための支えとなって心の靄を晴らしてくれたと言えます。ロヴァッティ伯爵の目を見て、肯定の意を伝えました。
「そうかもしれません」
「悔しいなぁ、柄にもなくライバルを鼓舞しすぎたかな」
「ライバル? 鼓舞?」
「こういうことですよ」
言葉の意図がわからず首を傾げると、ロヴァッティ伯爵が大きく一歩踏み出して目前まで近づきました。以前と同様に彼の手が頬へと伸びて来ましたが、距離が近いので避けようがありません。どうしよう、と思考が停止したそのとき。
「紳士のとる距離じゃないなそれは」
腰をぎゅっと引き寄せられ、たくましい胸の中に閉じ込められます。耳をくすぐるような太くないのに重いジョエル様の声が、今はいつにも増して重い。
瞬間、室内がざわついた気配があります。私はジョエル様に抱きすくめられているので視界がとっても狭いのですけど、騎士様たちのいらっしゃる方向から「えっ」とか「わぁ」とか聞こえてきました。
「閣下、あまり力を入れすぎないでください。私の手首が折れてしまう」
「こちらは利き腕ではないし、付与術士の仕事に影響はないだろう」
不穏です! 会話が凄く不穏!
焦る私の耳に、高らかな笑い声が響きました。子犬が駆け回るみたいに軽快な声はファビオ殿下に違いありません。
「あははははは! 冷酷なのか熱血なのか判断が難しくて面白いな! でも利き腕じゃないからってエリゼオに怪我を負わせられちゃうとコッチが困るんだよね。時間もないし一旦そのへんにしておいて、本題といこうか」
殿下のお言葉でジョエル様の腕が緩み、どうにか解放されました。と言っても腰にはまだ彼の腕がまわったままなのですけど。
室内を見渡すとロヴァッティ伯爵をはじめ皆さんそれぞれが円卓へと着席していきます。定間隔に置かれた椅子はあと二脚。私も座っていいのかしらと不安になりつつ、ジョエル様に腰を引かれるまま円卓へと向かいました。
ガタ、と椅子の足と床の大理石とがぶつかる音がして、全員の視線がジョエル様の手元へ注がれました。もちろん私の視線も。
次の瞬間には空いたうちの片方の椅子がもう一方の椅子の真横へと移動していました。……えっと?
「アリーチェ」
「えっ? あ、はい、えっ?」
腰から手を離したかと思えば、片方の椅子を引いて私に座るよう促します。さっと視線を走らせると肩を震わせるファビオ殿下と、目をこれでもかと見開く騎士様たち、そして呆れたような表情のロヴァッティ伯爵が視認できました。
促されるままに椅子へ座れば、もちろんジョエル様は真横へと腰を下ろします。いや近いんですけど、これ、えっと、会議室……ですよね? あれ?
殿下が三度ほど深呼吸をし、お腹をさすりながら口を開きました。
「くっ……。こんな面白い状況なのに、ぶほっ……。いやごめんね、さ、さあ本題だったね。今日はジョエルが大会に出る関係でアリーチェ嬢の守りが薄くなる時間ができてしまうんだ」
「わざわざ俺が出るまでもないと思うんですけどね」
面倒くさそうに言うジョエル様が再び私の腰に手をまわし、殿下を除く皆さんの目はもはや得体の知れないものを見る目に変わっていました。正直、私も皆さんと同じ気持ちです!
「って駄々をこねるジョエルは面白くていいんだけど、そうもいかないからねぇ。ジョエルだって理解してるからエリゼオにあれ作らせたんでしょ」
殿下がロヴァッティ伯爵のほうへ顎を向けます。ロヴァッティ伯爵はそれを受けてジャケットのポケットから何か細長いものを取り出しました。それは美しい羽根飾りの扇でした。