第41話 激動の1日になるはずです
温室でとてつもなく恥ずかしい言葉を口走ってから10日が経過、しました!
幸か不幸かジョエル様はお仕事が忙しくて屋敷にはほとんどいらっしゃらず、顔を合わせる機会がほとんどありませんでした。良かった、のかしら?
お顔を合わせることがあるとすれば、マリーノ伯爵家や家族の扱いについてどうするかという質問をされるときくらいのものでしょうか。
コルセットを絞めながら、エレナが頬を膨らませました。
「本当によろしかったんですかー? 誘拐の件でミリアム様を捕縛なさらなくて。ディエゴ卿の供述でミリアム様の関与は間違いないのですよね?」
「今は泳がせておいたほうがいいそうよ。ミリアムを捕まえてしまったら、警戒してもっと大きな事件のほうの証拠を隠されてしまうかもしれないからって」
「アリーチェ様が誘拐されたのは小さなことじゃありませんのにーっ!」
「ぐぇっ……エレナ、ちょっ、きつすぎる……」
エレナの怒りは私のコルセットで発散されたようです。大慌てで紐を緩めるエレナをなだめすかします。
「誘拐の件は後からちゃんと追及するそうよ。お父様やミリアムがしでかしたことは、どんなに小さな罪であれちゃんと償わせなければね。それにね、今日の精霊祭で私はついに社交界にデビューするでしょう?」
「ええ! 会場でいちばん綺麗にして差し上げますッ!」
「ふふ、ありがとう。その綺麗な姿をミリアムに見てもらうの。ジョエル様の隣に立つ私をよ。ね、性格悪いでしょう」
「どこがですかぁーーっ! まだ足りないくらいですッ」
泣きそうな顔でエレナがドレスを用意してくれました。そっと足を入れて着付けていきます。キラキラ輝く白銀色の刺繍がふんだんに入った純白のドレス。髪には金真珠の飾り、首元には防御魔法を付与したネックレスと……。
「えっ、えっ、これは何? こんなネックレス初めて見たのだけど」
宝石箱からエレナが取り出したのは、髪飾りとそっくりな意匠のネックレスでした。銀細工のスイレンと、その中心には金真珠です。首に掛けてみれば、重ねてつけるシンプルなデザインの魔法石のネックレスと絶妙なバランスでした。
「旦那様がこの日のためにと新たにオーダーしたものですー! アリーチェ様がいらしてからの旦那様の変わりぶりと言ったら感動モノですよね」
「そう、なのかな。でもこうして、今のうちにひとつひとつ思い出を作っていけるのは嬉しいわ」
「思い出って、なぁにをおっしゃいますやらー。ささ、お化粧をいたしますよ!」
鼻歌混じりのエレナにお化粧を任せて全ての支度を終えたころ、部屋にノックの音が響きました。入っていらしたのはジョエル様です。
銀竜騎士団の礼装を初めて見ました! 左肩に光沢のあるグレーの長い片側マント、白地に金の装飾の上下、右肩から左へ走るサッシュは濃紺に金の縁が入っています。
なんてかっこいいのでしょう! このお姿を見られただけでも満足だというのに、横に立って登城できるだなんて。
「準備は整っただろうか――ああ、よく似合っているな。すごく綺麗だ」
微笑むジョエル様に、私とエレナは思わず顔を見合わせました。え、だって、ジョエル様が容姿を褒めてくださったこと、今までにあったでしょうか?
「なんだ?」
「ふふ、以前『容姿を褒める奴は下心がある』っておっしゃってたから」
「違う、すぐに褒める奴は、だ。ロヴァッティ卿のように軽い調子で褒めるような奴がダメなのであって」
不満気に口を尖らせながら、ジョエル様が手を差し伸べてくれました。その手をとって、部屋を出ます。
「精霊祭は城内のホールでパーティーが開催されるのだが、並行して騎士団の演武場で加護魔法を競う大会が行われる。武を競うものや技巧を争うもの、魔術師に限ったものなどいくつかの部門に分かれて行うのが通例だ」
「そう言えば聞いたことがあります。父は武闘部門、ミリアムは技巧部門でいつもよい成績を修めるのだとか」
「今年はそうもいくまいよ。それで、アリーチェのデビューは開会式で行うからそのつもりで」
「はい。楽しみです」
今日はきっと幸せな1日になると思います。ずっと禁じられていた社交の場に、ジョエル様と一緒に参加できるのですから。
エレナも今日は子爵令嬢として出席する予定だと聞いています。ジョエル様が大会へ出ている間は、エレナと過ごすことになっているのでそれもとっても楽しみ!
ジョエル様の手をお借りしながら馬車へ乗り、ジョエル様も横へお座りになりました。
「君は知らないだろうが、実は昔からミリアム嬢が君についての悪い噂を流しているんだ。もしかしたら、心無い陰口などが聞こえてくるかもしれない」
「まぁ、そうだったのですか」
「だが、君はこのジョエル・フォンタナの婚約者であることを忘れないでくれ」
四大公侯爵家のひとつ、フォンタナ公爵家の庇護下にある。それは何人たりとも侮辱することのできない立場にあるということです。
堂々と胸を張っていればいい、そう言ってくださったのだと理解して笑って頷きました。
マリーノ伯爵家の悪事は、今日すべて片付けるものと聞いています。家人が出払って手薄になったところを王家の強権で徹底的に捜査し、証拠をそろえるつもりなのだと。
私にとって幸せな1日であると同時に、激動の1日になるわけです。できる限り平穏に、今日が終わりますように。




