第37話 休めるときに休むべきとは思うのですが
誘拐事件から2日が経過しました。ジョエル様は王城へお泊りになりながら、捕縛した人たちへの事情聴取をしているみたいです。ちゃんとお休みになっているといいのですけど。
お父様がこちらへいらっしゃることもなく、お医者様からも問題ないとのお言葉をいただいてのんびり過ごしていたときでした。銀竜騎士団の方から私の元を訪ねたいと連絡があったのです。
事件に関して私の話を聞きたいのだとか。それはそうですよね、私は重要参考人か何かだと思いますし、はい。
予定を確認にいらした方へ少しならとお伝えすると、間をおかず騎士団の制服に身を包んだ方がふたり……と、ジョエル様がいらっしゃいました。副団長がわざわざいらっしゃるとは。でも全然眠れていないのが手に取るようにわかるくらい、ひどい顔色をしていらっしゃいます。ここへ来るより少しでもお休みになればいいのに!
エントランスホールに用意してあるソファーをご案内すると、ジョエル様は私の横へ掛けました。なんで。
ローテーブルを挟んで対面に座った騎士様が「それでは」と少し緊張した面持ちで聴取を始めます。
なぜお店の裏側へ向かうこととなったのか、ディエゴ卿とどんな話をしたのか、他に人の気配……騎士団の到着前に屋敷を去る者の姿などを見たりしなかったか、等々。
これらを素直に話せば、ミリアムを騎士団へ密告することになるのでしょうか。そう思って少しだけ口が重くなります。庇うつもりはありません、もし彼女が悪事を働いたなら相応の罰を受けるべきだと思います。ただ、その、私の主観ですから先入観が多分に入っていますし、決して正しいとは言えないのじゃないかって。ミリアムが捕まってしまえばいいのに、と心のどこかで思ってしまっているのは否定できませんから。
「もう一度確認します。貴女は小姓のような衣類をまとった少年に連れ出されるようにして、トト=トルタの裏口から出た。その際、護衛についていた者に声を掛けなかったのはどうしてでしょう」
「そっ、それは男の子に急かされていたからで……」
「アリーチェ、覚えていることは全て話してほしい。もし君が勘違いをしていたとしても、我々はそれを盲目的に信じたりはしないから」
ジョエル様が私の手にご自身の手を重ね、そうおっしゃいました。対面の騎士様たちから息をのむ気配が伝わってきます。え、待って、すごく恥ずかしいんですけど。
頬に熱が集まってきた気がして俯いたのですが、話すのを躊躇しているとでも思ったのか、ジョエル様はさらに言葉を続けました。
「仮に君が話したことで不利益を被った者がいたとして、言いがかりをつけるようなことがあれば必ず守る」
「ひゃっ、ひゃいぃ」
強く手を握られて、私は何度も大きく頷くしかありませんでした。手を、手を離してほしい。
結局、私はあの日のことを洗いざらいお話しすることとなり、騎士さまは丁寧にメモをとっていました。覚えていることを全て話し終えて皆様をお送りする段になると、騎士さまが一歩こちらへと踏み出しました。
「副団長をよろしくお願いします」
「へっ?」
「ずっと寝てないので! 一瞬うたた寝した際には貴女のお名前を――」
「おい、早く戻れ」
ジョエル様の一声で、騎士さまたちは大慌てで帰って行かれました。それはもう、嵐のように。そしてなぜか居残るジョエル様。
「あの、ジョエル様はお戻りにならなくてよろしいの、ですか」
「殿下から帰れと言われた。俺はどうも足手まといらしい」
「あー……。お顔の色も優れませんし、どうかお休みになってください」
「そうだな。部屋に戻るのももう面倒だ。すまないが少しだけ、ここで」
そう言いながら、ジョエル様は先ほどまで座っていたソファーへ再び腰を下ろしました。ずっと繋がれたままだった手を引かれ、私もその横へと腰掛けます。
「ここでは休まりませんよ?」
「ちょっとだけだ。アリーチェ……」
「わっわっわっ、ジョ、ジョエル様っ?」
ジョエル様はまた埋めるように私の肩に頭を乗せました。これ、なんでしょう、匂いを嗅がれている……?
くすぐったいし恥ずかしいし、それにこんな体勢では余計疲れてしまいそうだし、と思って身体を引き剥がそうと思ったのですけど、もう寝てます、この人! 早い! 寝れないとか嘘だ!
起こすのもかわいそうだし、手は握られたままだし、ジョエル様が目を覚ますまでお付き合いするしかありません。まったくもう……。
お顔を覗き込めば、彼の頬に白銀色の髪がサラサラと落ちていくところでした。空いているほうの手でそれをかき上げると、くすぐったそうに眉を顰めます。ふふ、可愛い。
通りかかったエレナにブランケットと本を持って来てもらい、長期戦の構えです。と言っても、この後は付与術の授業があるので……ええ、ロヴァッティ伯爵のご厚意で昨日行うはずだった授業は、中止ではなく1日延期にしてくださったのです。なので、そんなに長い時間ではないのですけど。
「お嬢様、アリーチェさまっ」
エレナの声で意識を取り戻しました。
やだ、私まで寝てしまったみたい! 隣でジョエル様も目を覚ます気配がありました。
「えっと、私、どれくらい眠っていたかしら?」
「付与術の授業が始まる時間になるまで眠っていらっしゃいましたよ、アリーチェ嬢?」
聞き慣れた、けれども屋敷の人間ではない声に驚いて顔を上げます。だってこの声は……!
「ロ、ロヴァッティ伯爵! すみません、あの、すぐに準備を――あっ」
立ち上がろうとして、私の手をまだジョエル様が握っていることに気づきました。わあああ恥ずかしい! んもう!




