第36話 お迎えだなんて困ります
銀竜騎士団の準備してくださった馬車に乗り、フォンタナの屋敷へ向かうこととなりました。本来であれば事情聴取を行ってから帰るのが普通なのでしょうけれど、ジョエル様と騎士団長であるファビオ王子殿下の計らいでそれは後日となったそうです。
「怖い思いをさせてしまったな」
「いいえ、ジョエル様のくださった防御魔法が守ってくださいましたから」
ディエゴ卿から聞かされたことをお話しようと思ったのですけど、私の精神面を考慮してくださったのか、今は何も話さなくていいからと。
馬車の中で横に座って、手を握ってくださることが何より安心できましたから、大丈夫ですのに。
「それに思ったよりずっと早く助けに来てくださって」
「ああ。そのネックレスには氷壁防御のほかに空から位置信号を送る魔法と、俺の持つ片割れのほうに魔法が発動したことを知らせる機能もつけてあった」
そう言いながら、懐中時計飾りを見せてくださいました。魔力を消費した魔石は虹色の光を失ってガラス玉のようになっています。
「そういうことでしたか……」
窓から見えた光や、自分で調べたときに不思議に思った魔法術式、それにジョエル様の持つ懐中時計飾りにまで魔法付与をしたこと、全ての謎が解けました。
つまり、えっと、最初から私の危機には駆けつけるつもりでいてくださった、ということですよね。
あわわわ、そう考えたら急に恥ずかしくなってしまったわ! ロヴァッティ伯爵のおっしゃった、特別な防御魔法という言葉が私にとってはさらに特別な意味を持ってしまいました。
「明日の付与術の授業は休みにするよう連絡しておこう」
「あ……いえ。大丈夫です、できます」
「落ち着いてから再開したほうがいい。いま学ぼうとしてもどうせ頭に入りはしないからな」
そう、ですよね。私がジョエル様から大切にされているのは、付与術があるからなのです。もー私ってばまた大事なことを忘れて浮かれてしまいました!
バカバカ! と頭の中で自分を罵っていると、停車するのか馬車の速度が一気に落ちました。前へ転がりそうになった私をジョエル様の腕が支えてくださいます。
窓から外を見れば、フォンタナの屋敷の近くまで来ていました。
「どうした?」
「失礼しました。馬車が門の前に停まっていて……」
ジョエル様の問いに返答する御者の声は戸惑いが隠せていません。それもそのはず、貴族の屋敷の門の前に馬車を停めておくだなんてマナー違反どころの騒ぎではありませんもの。
「どこのだ」
「マ、マリーノ伯爵家の馬車です」
私とジョエル様が顔を見合わせたところで、外から私の名を呼ぶ声がしました。お父様の声です。溜め息がこぼれ落ちましたが、出て行かざるを得ないでしょう。
馬車を降りるとお父様がこちらへ駆け寄って来るところでした。馬車に随伴していた銀竜騎士団の方は、指示を待つかのように固い表情でジョエル様へ視線を仰ぎます。
「アリーチェ! ああよかった。行方不明だと聞かされて心配したんだ!」
「え、お父様が……?」
「当たり前だろう! ミリアムが待ち合わせ場所にアリーチェがいなかったと言うから、何かあったのかと公爵家へ来てみたら!」
ジョエル様にご挨拶をするでもなく、お父様が私の手首を握りました。
「娘を守れもしない家に置いておけるか! さぁ帰るぞ!」
「きゃぁ!」
強い力で引っ張られ、体勢を崩しました。倒れるかと目をつぶったところで、背後から抱きかかえられて難を逃れます。
「あ、ありがとうございます」
「何をしておる、ちゃんと歩きなさい! ほら早く。婚約もお考え直しいただくよう陛下に進言せねば」
思わず耳を疑いました。お父様は公爵家側の不備を理由に婚約を解消しようとしているのです。なんてこと!
「いや! 嫌です、私帰りません!」
「バカを言うな!」
「痛っ! お父様、離してください。痛いですっ」
なおも無理やり引っ張るお父様に、私の手首は限界でした。
いつまでもここでゴネていては公爵家や銀竜騎士団の皆さんにもご迷惑でしょうし、お父様とともにマリーノへ帰るしかないでしょうか。
ジョエル様にご挨拶をしなくてはと頭だけで振り返ったのですが、彼はまっすぐにお父様を睨みつけていました。
「手を離すんだ、伯爵」
「な……あっ! フォンタナ公爵! これはこれは、気が付きませんで!」
やっとジョエル様の存在に気づいたお父様でしたが、おざなりに礼をとるだけですぐにまた私の手を引っ張ります。なんて失礼な!
「先ほども申し上げたが、娘ひとり守れない家に置いておくわけにはいかんのです」
「だが無事に連れ戻した。それに、王国法に照らせば婚約関係にある子を相手方の家に住まわせた場合、その保護および監督責任は相手方に移譲されるはずだ。無理に連れ戻そうとするなら、こちらもそれなりの対応を取らざるを得ないが?」
いつの間にか銀竜騎士団の方々がお父様を囲むような位置へと移動していらっしゃいました。彼らが静かに剣へ手を伸ばすと、お父様もようやく私を解放します。
「アリーチェ、お前が帰ると言えばその意思が優先されるのだ。帰ると言いなさい。このような家にはいられないと」
「わ……私は帰りません」
「公爵家だってお前を迷惑だと思っているに違いないのにか?」
「そんなことを思うような方々ではありませんけど、例えそうだったとしても、です」
淑女教育に付与術の勉強。それらの手配をしてくださった公爵家に私ができる恩返しは、家へ帰ることではないはずですから。
「そういうわけだ、伯爵」
ジョエル様が横に立ち、私の肩を柔らかく抱いてくださいました。はい、絶対に恩返ししますから。




