第35話 圧倒的な力の差ってありますよね
ジョエル様の発する雰囲気に気圧されるように、男性たちがじりじりと後退します。一方でジョエル様の背後からは銀竜騎士団の制服に身を包む屈強な方々が、統制のとれた動きで室内へと入って来ました。
終わりを悟った犯人グループのみなさんは、一斉に武器を構えます。火薬式銃器を持っている人はそれを、そうでない人はナイフやツルハシやヤカンを。ディエゴ卿は腰に下げたご自身の剣を抜いたようでした。
銀竜騎士団は王国に忠誠を誓うすべての戦闘員の中から選ばれた、エリート集団だと聞きますが……その後の展開はあまりにもスピーディーで、まるで夢でも見ているかのようにトントンと進行していきました。
まず2発ほど火薬式銃器の発砲音がありましたが、何もなかったはずの空中にクモの巣のような模様がふたつできたことで、気付かないうちに薄い氷の防御壁が張られていたことがわかります。
火薬式銃器は直後になぜか使い物にならなくなったようでした。恐らくですけど、騎士団の中に火の加護魔法を扱える方がいたのでしょう。
銃器の脅威がクリアになった直後、瞬きをするかしないかの速度でディエゴ卿を除く犯人グループの全ての人が地に伏せていたのです。なんて圧倒的……。
「おい、おまえたち――」
「ディエゴ・カッターニ。あとはお前だけだ」
ディエゴ卿が組み敷かれたメンバーをぐるりと見回して狼狽した様子を見せましたが、その目の前へ大きく一歩、ジョエル様が踏み出されます。何か合図を送ったのか、騎士団の皆さんが一斉に犯人たちを引きずりながら部屋の外へと出て行かれました。
「お、俺だってな、ドメニコ剣闘大会じゃ準決勝まで残ったんだ……っ! け、怪我したくなかったらどけよ!」
「王国騎士の出場が禁じられた大会でベスト3にさえ残らなかったものが自慢なのか?」
「ヒッ……」
ジョエル様はご自身のマントを放り投げて、私を囲う氷の壁をすっかり覆ってしまいました。彼が動いたことでディエゴ卿が身を縮めたところまでは見えたのですが。ここから先は音声で状況を察するしかないでしょうか。ジョエル様が負けるとは思えませんので、見えずとも不安はありませんけれど。
「火薬式銃器の所持および使用により、その命でもって今ここで事件解決としたいところだが。お前には聞きたいことがいくつもある。銃器の入手先も、行方不明者についても。だからそうできないのが残念だ」
「ハッ! 俺は何も知らん」
「いや、心配はいらない。そのうち思い出すからな。だが、アリーチェ・マリーノの誘拐については知らんではすまないのはわかるな?」
「知らな――ぎゃっ!」
突然、何か固いものがぶつかるような鈍い音と、ディエゴ卿の叫び声とが響き渡りました。マントが掛けられた理由、なんとなく察してしまいました……。
ジョエル様は静かな声で淡々と続けます。
「なんの目的で彼女を?」
「たまたまだ、誰でもよかっ――ぎゃああ! い、痛ぇ、血だ、血が出てるよぉ!」
「おっと、手元が狂った。いやよく考えれば、お前から直接聞かなくても幹部は他にいくらもいると思ってな。次はミスらず首を切るとしよう」
「わかった、わかった、話すから。ほら武器も捨てた、丸腰だ。父さんだって俺のことを救おうとはしない、政治的な介入なんかない。ふひっ、子爵風情が介入のしようもないけどさ。だっ、いいだろこれで」
いくつかの足音がしました。銀竜騎士団の皆さんは全員出て行ったのかと思いましたが、まだ何名か残っていらっしゃったようです。続いて何かを引きずる音と、ディエゴ卿の悲鳴。どこかへ連れて行ってから話を聞くのでしょうね。
これで本当に、この事件はおしまいだと胸をなでおろした時です。ジョエル様の冷たい声が再び響きました。
「待て」
「へっ? ひゃっ、ぎょっ」
ディエゴ卿の悲鳴と同時に、今日いちばん大きな音がしました。壁に何かを叩きつけるような音です。でもその直前にもっと硬くて鈍い音がしていました。一体何が……?
「今を逃すと、もう殴るタイミングが無さそうだったからな。連れて行け」
ずるずると引きずる音はするものの、もうディエゴ卿の悲鳴は聞こえません。気を失ってしまったのでしょうか。
扉の閉じる音、そして静かな足音。
「アリーチェ、すまなかった」
温かくて優しい声がして、視界が明るくなりました。マントが取り外されたようです。
「ジョエル様……」
「ちょっと待って」
彼の手が氷に触れるや否や、私をずっと守り続けてくれた壁がふわっと霧散しました。ジョエル様のお顔がよく見えるようになり、その気づかわしげな表情へ手を伸ばします。触れた頬は温かくて、眉がヘナっと少しだけ下がりました。
背中にマントが掛けられて、その重みにまたひとつ安堵します。
「アリーチェ、よかった。怪我はないか? 痛いところは?」
「わっわっわっ、ない、です。大丈夫……えっ、酔っぱらってますか?」
ジョエル様は私を強く抱き締めて、肩にお顔を埋めました。いつかの夜に、酔っぱらったジョエル様が私を捕まえたときと全く同じです。
「仕事中に酒を飲むわけがないだろう」
「あ、ですよね」
「屋敷へ帰ろう。医者を呼んであるから、些細なことも全て伝えて診てもらえ。……もう二度とこのようなことはさせないから、どうか安心してほしい」
「はい、ありがとうございま――わっ、ジョ、ジョエル様っ?」
ほんの一瞬で、私の視界がぐるっと動きました。ジョエル様が私の体を抱き上げたのです。こっ、これは……っ!
「歩けます、自分で歩けますからっ」
「いいから掴まっていろ」
きゃああああ……!
部屋の外に出たらもうたくさんの人がこっち見てるんですけど! 降ろしてぇーーっ!




