第25話 お父様はけちょんけちょんにされるそうです
お母様のお墓へ連れて行っていただいた翌日。フォンタナの屋敷には朝からたくさんの荷物が運び込まれていました。
慌ただしく行き来する人々を見て目を丸くしていたら、その荷物がすべて私のドレスなのだとエレナから聞かされて、腰を抜かすところでした。びっくりです。それはもう本当にたくさんなんですもの!
しばらくしてホールへと案内されたのですが、所狭しと並べられた豪奢なドレスたちが眩しくて眩しくて。
目を回しかけている私のそばへやって来たのは、ひっつめ髪で目つきの鋭い女性です。エレナは彼女をマダム・ベッカだと紹介してくれました。かなりお年を召しているようですが、動きはシャキシャキですね。
「初めてお目にかかります、レベッカ・ベッカでございます」
「ごっ、ごきげんよう、マダム。以前はドレスをくださって、とても助かりました」
「滅相もございません。さぁレディ・アリーチェ、本日は最後の調整をしに参りましたの。ひとつひとつ袖を通していただきます」
「ぜんぶ……ですか」
「もちろんです。爪の先ほどの差にエレガントは宿るのですから」
声にならない悲鳴を発しながら、お人形のように着せ替えられ続けました。ドレスの数だけ繰り返すわけですから、それはもう本当にたくさん。
丈や幅や飾りにいたるまで、ほんの少しの相違さえチェックしていきます。その場で直せるものはすぐに。そうでないものは持ち帰って直すのだそうです。これが仕事人というのでしょうか、凄い。
「以前より肉付きが良くなられましたね。もっと増やすべきでしょうけど。お胸と腰、お尻、それに肩まわりはバッファーをとってありますから、多少なら増えても問題ありません。背丈が伸びたらすぐに連絡してくださいませ」
マダム・ベッカがエレナに着付けの指示をする中で、私の体型についても触れました。さすがに背が伸びるということはないと思いますけど……太ることを織り込み済みでデザインしてくださるって、公爵家に対する信頼があってこそですよね。凄い。
「それからこちらが追加でオーダーいただいた精霊祭に向けたドレスでございます。公爵閣下は銀竜騎士団の正装でいらっしゃるとお聞きしましたが、何か変更があるようでしたらそれもご連絡ください」
マダム・ベッカはそれだけ言うと、お弟子さんたちに指示を出して颯爽とお帰りになりました。簡単な手直しは古いお弟子さんが、持ち帰って行うお直しはマダムが直接手を入れてくださるようです。
しゃんとした背中がホールを出るのを見送り、一拍置いてから鏡を見ました。今着ているのが精霊祭用のドレスなのだとか。
純白の生地にキラキラ輝く白銀色の刺繍がふんだんに入っています。この刺繍はジョエル様の髪色でしょうか、それとも銀竜騎士団の正装というのがそういったお色味なのでしょうか。
エレナは右の頬に手をあててうっとりしている様子。
「さすがマダム・ベッカ! 精霊祭のドレスまでもう仕上げてくださるなんて仕事の早いことーッ! 細部までこだわった刺繍も素敵ですけど、お嬢様の黒髪が映えてなんて綺麗かしら。こんなに美しかったら精霊様に連れて行かれちゃいますぅー!」
「あの、精霊祭ってどういったことをするの? 精霊様に感謝を捧げる行事とは聞くけれど、私、出席したことがないので」
「年末に行われる加護持ち貴族を対象とした行事で、ここから社交期がスタートします。わたくしのような加護の無い貴族も出席できますが、参加はできません」
話しながらエレナがテキパキとドレスを脱がせていきます。そんなにきつく締めていないはずなのに、コルセットをほどくとなんだかホッとしました。
「出席と参加は何が違うの?」
「加護魔法を競う大会なのです。優勝することは名誉なことだと言われていますが、旦那様が参加なさらないので実質的な優勝とは言えないのではーなんて、陰では言われてまーす」
いつもの室内用ドレスに着替えると、急に疲れを感じました。やっぱり何着も何着も着替えるのは無茶だと思うのです、はい。
タイミング良くランチの準備が整ったとメイドが呼びに来てくれました。気が付けばお昼になってたんですね!
エレナと共に食堂へ向かうことにしました。
「例年であればマリーノ伯爵が優勝争いの筆頭なのですッ」
「お父様が……? あー、言われてみれば精霊祭の後にはよく喜んだり悔しがったりしていたように思うわ」
「ミリアム様も技巧部門で良い成績をおさめられていますねぇ。あっ、お嬢様はあくまで旦那様のパートナーとして出席するだけですから、ご安心くださいねッ」
「ジョエル様はその大会に参加されるの?」
半歩後ろを歩いているエレナを振り仰ぐと、彼女は満面の笑みを浮かべて大きく頷きました。
「ええ、王子殿下の命だそうですから、必ずご参加なさいますわッ! そしたらマリーノ伯爵なんてけちょんけちょんに……あっ、し、失礼しました!」
一気に顔を青くさせたエレナが深く頭を下げました。その表情の変化が面白くって、それに「けちょんけちょん」にされて悔しがるお父様の姿が容易に想像できて、じわじわ楽しくなってきました。
「ふっ……ふふっ! あはは! 謝らなくていいわ、エレナ。私もそう思うもの。ああ、ジョエル様の雄姿が楽しみ」
冷酷非情と恐れられるジョエル様は、一体どれほどお強いのでしょうか。
わくわくと足取りが軽くなったところで食堂へと到着しました。今日もいい香り!




